＊金城鉄壁＝非常に堅固な城壁。
『サーガの城壁』……なんて硬くて厚い壁なんだ！
この俺にとって破れない壁があるなんて！
超A級ハッカーを自負する俺に、挑戦するように聳えるファイアーウォール！！！
二重三重と、一体何重に防御の壁を巡らせているんだ。
これって、俺に対する挑戦！？
俄然やる気が湧いてくる。
猛然と叩くキーボード！
そう！壁は高く硬く厚いほど、ぶち破る醍醐味があるというもの♪
（きんじょうてっぺき）「初めまして。俺がシャルナーク。君がパステル？」
一応、紋切りの挨拶をしてみた。
普通なら若い女の子が相手の場合、社交辞令として容姿を称えるんだけど……
さて、どこを褒めようか？
さりげなく目の前の女の子を観察した。
年の頃は二十歳前に見えるけど、本当の歳はもっと上かもしれない。
黒くて太い縁のメガネ。
コントに出てきそうとは言わないけれど、ちょっと目を引く厚いレンズ。
そのメガネにかかる前髪は、自分でカットしたのか不揃いだった。
ひいき目に見て、シャギーカットを美容院でして貰ったことにしよう。
しかも金色の艶やかなロングヘアーを無残にも、三つ編みに硬く編みこんでいる。
あぁ、もったいない。
どうせならもう少しルーズに編んだ方が可愛いのに。
それに流行遅れのセンスのない服。
しかもどうやったらここまでダサクなれるんだという着こなし。
この場合、着こなしというべきかどうか疑問だけど。
そして止めを刺すように、『への字』に曲げた口と、眉間にきざまれた深いたて皺。
これってもしかして、俺を警戒している表情なのか？
出会いはゼロから始まるではなく、これではマイナスからの始まりだ。
俺はホモサピエンスに属する珍獣を見ているような気分だった。
でも、もしかしたらもしかして……
実はメガネを外せば美女だったなんて、マンガのようなオチはないだろう。
何故ならば、メガネのかかる鼻は低かったし、目はぱっちりとしているものの、実にあっさりとした一重。
口は特に誘うようね色気のある唇ではなかった。
ごく普通に食事をして、会話が出来る機能を揃えた一般的なもの。
ただ歯並びは白くてきれいだ。
それに肌も白く、吸い付きそうなほど肌理が細かい。
もし容姿を褒めるなら、この口元あたりと肌の美しさか。
ランクとしては良くて中の下、悪くて下の上と格付け。
俺は一応フェミニストを自負しているわけで……
クロロのように美人でなければサービスしないなんてことを、露骨にやるような男じゃない。
とはいえ、憎っき『サーガの城壁』を破るまでの関係。
それにこの野暮ったいパステルの神業と言われる、ハッカーとしてのスキルもゆっくりと見てみたかった。
『サーガの城壁』
ハッカーの間では伝説的なファイアーウォールだ。
このファイアーウォールの特徴は、常に人工知能によって進化していること。
そのおかげでこれという侵入の仕方が確立されていない。
これを作った奴の頭の良さに舌を巻く。
腕に自信のあるハッカーの間では、城壁の向こうにある物を手に入れるより、誰が一番に破るのかが勝負になっていた。
だいたい壁の向こうに何があるのか分からない。
世界銀行の金庫の暗証番号が保存されているとか、著名人のDNA情報が保存されているとか。
ハンター協会の機密がファイルされているとか、噂だけが一人歩きしている。
諸説粉々あるものの、真実は藪の中。
ともかくこの城壁をぶち破った者が、ハッカーとして世界一の称号を得ることになる。
通常なら名誉より実質を選ぶ俺だけど、団長の、『おい、シャル。サーガの城壁の中身を見てみたい』の一言に、挑戦するはめになってしまう。
でも挑戦してみると、これが案外と面白い。
破れそうで破れない壁。
噂どおり一筋縄ではいかず、ここ一ヶ月というもの隠れ処に籠もり、『サーガの城壁』と一人戦っていた。
その結果導き出された答えは、ファイアーウォールの進化を一時的に止めること。
それは個人的な作業ではなく、チームで立ち向かわなければ可能にはならない。
そこで白羽の矢を立てたのが『神業のパステル』だった。
他にも候補には、天才と言われるが気分屋のノーマ＝レイや、生意気だが超絶技巧派として有名なポット＝ペテルスが候補にあがったが、曲があり過ぎる。
やはり相棒にするなら若い女の子の方がいい♪
だがネット上で超有名なハッカー達も、何となくこんな人らしいという未確認な情報はあっても、きちんとした情報があるわけじゃない。
四方八方手に手を尽くし（もちろんハンターサイトも調べたさ）、パステルの居場所を探し出し、メアドをゲットする。
メールで口説くこと三週間。
仕事場として選んだこのホテルのスイートルームに、やっとの思いで彼女を引っ張り出した。
そして今日の御対面に至ったわけだ。
……多少の期待はあったさ。
神業でしかも美人となれば、かなり楽しい時間が過ごせるはず。
だから倹約家の俺が、スイートルームをわざわざ予約したんだ。
だが期待は無残にも、あっさりと打ち砕かれた。
でもそのおかげで仕事には集中出来そうだが、まずこういうことは信頼関係を築くべし！
「パステル。わざわざ遠方から来てくれて有難う。疲れていない？今日はまず身体を休め、作業に入るのは明日からでいいからさ。それと、俺のことはシャルって呼んでよ」
いたって紳士的に話してみたつもりだが、内心はすぐにでも作業に取り掛かって欲しかった。
いくら神業のパステルでも、壁を破るには一週間以上かかるだろう。
一日延びればそれだけホテルの経費もかさんで行く。
するとパステルは、『への字』に曲げていた口を緩めたが、堅苦しい口調で言った。
「大丈夫です。疲れてなんかいませんから。私、すぐに作業に取り掛かりたいのですが」
願ったり叶ったりの申し出に、俺は心の中でにんまりと笑う。
窓際の机に、俺と彼女のノートパソコンを二台セットし、二人並んで腰掛けた。
パステルも『サーガの城壁』に挑戦したことがあり、どんどんファイアーウォールに侵入して行く。
そのスピードと手際の良さに唖然としていると、
「問題はどこでファイアーウォールの進化を止めるかですね。シャルが考えているとおり、『サーガの城壁』は単独では破ることが出来ません。ペアを組んで、同時に壁を打ち破らないと侵入は不可能です」
切れの良い説明。
パステルも同じ考えであることに、俺の考え方の方向性が間違っていなかったことに自信を持った。
それにしても何というスピードなんだ！これが噂の神業か！
すでに俺が到達していないエリアにまで侵入している。
もしかしたら、俺なんか必要ないんじゃないかと思ってしまうほど。
しばらく見ていると、順調に打ち込んでいたキーボードーが止まる。
そして一度は消えていた眉間のたて皺が再び深く刻まれ、ディスプレイとの睨めっこが始まった。
黙りこんではいるが、頭の中はフル回転しているのだろう。
その証拠に、何度も瞬きを繰り返す。
横から見る顔が真剣さと集中力で、特別な力を放っているように見える。
眉間のたて皺さえも、なぜか美しく見えてしまう。
女の子に格好いいなんて言うのは可笑しいと思うけれど、知的魅力とでもいうか、内面からエネルギーが湧き上がってくるようで、凄みすら感じられる。
おかげで俺は、しばらく鼻の低いパステルの横顔に見入ってしまう。
「シャルって、変わってますよね」
「……どうして？」
あれからパステルは何度もキーボードを叩いては、ディスプレイと睨めっこをする状態を繰り返す。
ゆっくりではあるが、確実に『サーガの城壁』に楔を打ち込んで行く。
壁の方も壊されまいと、抵抗するように必死に傷口を塞ごうとする。
そしてどこでファイアーウォールの進化を妨げようかと、そのタイミングを狙っていた。
だが複雑な進化に上手くタイミングが掴めない。
結局気分転換と称し、俺はパステルを強引に近所のカフェテリアに連れ出す。
「どうしてって、それはシャルみたいな容姿の整った男性が、私みたいなださださ女を連れてお茶なんかしていたら、格好悪くてしょうがないでしょ。やはり連れて歩くなら、バランスの取れた可愛い女の子の方がいいじゃないですか」
別に悲壮感があるわけでもなく、からりとパステルが言った。
「それは君の:偏見だよね。でも俺がデートする女の子は、人に見せるために連れているわけじゃないから、他人の目なんか気にすることないだろ」
いかにも理解のあることを言ってみたが、ほんの数時間前まではパステルの言うとおりだった。
だいたいのところ、俺は可愛いか美人の部類としか付き合ったことがない。
男にとって女の見た目は最大の重要ポイントで、性格は二の次三の次。
そして二番目の重要ポイントは、セックスの相性だ。
どんなに清楚であったとしても、最後はベッドの上で淫らになってくれる女の子。
もちろん最初から淫らで積極的な女の子も大歓迎。
女だって自分に利点のある男を好むのだから、おあいこだと思う。
当然のごとく、美男美女のカップルは嫌でも人目に付く。
そんな意味から言えば、俺とパステルは目立たないはずだった。
だが今は別の意味で注目を浴びていた。
これは奇異の目……
オープンカフェの客と道行く人が、俺達をそれとなく見ている。
若いカップルと女子大生らしきグループに、一人でこちらを堂々と見る制服姿の女子高生。
見ているというよりは、俺とパステルを見比べているというべきか。
何て失礼な視線なんだ！
中には見ているだけではなく、俺とパステルのことをヒソヒソと話す。
パステルには聞こえていないだろうが、聴力を鍛えてある俺にはストレートに会話の内容が聞こえてくる。
彼らの僻見に満ちた考え方と偏好的な意見。
だからどうだと言うのだ！今の俺に動じるものはなかった。
目の前のテーブルに置かれたオープンサンドを二人でぱくつく。
パステルは遠慮などせず、パンに盛り付けられた具を落とさぬよう、大口を空けて豪快にほおばる。
ぱりっと焼かれたフランスパンの上には、アボガド、トマト、エビがてんこ盛りだ。
気持ちよい食べ方に、こちらも食欲が湧いてくる。
これが今まで付き合った女の子達ならどうだったか？
口紅が落ちてしまうからとか、大口なんか下品だと言わんばかりに上品な小口で食べる。
もしかしたら、食べずらいオープンサンドなんか最初から注文しないかもしれない。
そのくせ俺のモノには大口を開けて食らいつき、攻め立てればこれでもかと言うよがり声を、大きく開けた口から発していた。
ひょっとして、こんなに気持ちよく食事が一緒に出来る女の子って、パステルが初めてかもしれない。
これって得点高くない？
気負うことなく、気兼ねすることなく、気安く話せる女の子。
重く湿りがちな話しも飄々とこなして行く。。
否、客観的な見方をしていると言うべきか。
それでいて話しはウィットに富んでいる。
少し濃い目の紅茶を飲みながら、パステルが話しだす。
「女の子って、可愛ければそれだけで生きていけるじゃないですか」
「まぁね。でも生きていけるというだけで、幸せになれるかどうかは分からないだろ」
「もちろんそうですね。でも、まずは生きていけるということが大事なんです。私みたいなダサイ女、何か一つくらいとりえがなければ生きていけませんから。それに男性に頼っていたら、リスクが大きすぎます」
「だから自立するため、プロのハッカーをやっているわけ？」
パステルはこくりと頷く。
「はい。基本的には自宅で仕事が出来ますし、自分の努力で稼ぎはどうにでもなります。顔は親から貰ったものでどうしようもありませんが、頭の中身はスタイルと同じで、努力すればどうにかなりますからね」
確かにそうだけど、君は自分の魅力に気が付いていないのか、それとも素敵だと言ってくれる男性に出会ったことがなかったのか？
君が仕事をしている時、どんなに魅力的な顔をしているのか。
単に可愛く微笑むだけが素敵なんじゃない。
何か目的を持ち、真剣に取り組んでいる時の顔がいかに魅力的なのか、俺はパステルに教えられたようだ。
聞き方によっては自虐的ですらあるのに、パステルが話すと他人事のように聞こえてくるから不思議だ。
それでいてポイントをきっちり押さえているから面白い。
こんな女の子と付き合ったら、人生飽きなくていいかもしれない。
それに同じハッカーだし、仕事にも都合がいい。
スタイルだって悪くはない。
俺が服を選んでやれば……そうだ、メガネもコンタクトに替えさせよう♪
髪は三つ編みをほどき、街で一番センスのある美容院に連れて行くことに♪
それと一番重要なセックスの楽しさは、手取り足取り徐々に教えて行けばいい♪
だけど付き合う前に、男に対して鉄壁の護りに入っていることを何とかしなきゃいけない。
『サーガの城壁』をパステルと破ったら、次の壁をぶち破ろう♪
可愛くも分厚い城壁……だけど、硬いからこそ脆いはず♪
End
2017/05/01 改稿
2009/04/17 加筆・修正
2009/04/13
Back今回のシャルは爽やか黒シャル♪