＊満目荒涼＝目に見える限りの景色が荒れ果てて寂しいこと。
力の差は歴然としていた。
ステージに立つ身体の大きな男が指から撃ち放った無数の念弾が、目の前のシャッチモーノの身体を貫く。
アタシとイワレンコフをガードするため、シャッチモーノが念で作った『縁の下の１１人』はあっけなく撃ち抜かれ、その威力は力を落とすことなく後方にいたシャッチモーノに致命傷を与える。
まざまざと見せ付けられた敵の実力に、アタシ達に戦うなどという選択肢はなかった。
アタシ達に今出来ることは言えばこのオークション会場がら脱出し、仲間に襲撃されたことを報せて反撃のための手勢を揃えて貰うこと。
『逃・・・げろ！！』押し殺したイワレンコフの叫び声よりも先に身体は反応していた。
飛んでくる銃弾を避け、出来る限り身を低くして走り出す。
走りづらいヒールを脱ぎ捨て、冷たい大理石の床を脱兎のごとく出口に向かって走る。
雨霰の銃弾をかいくぐり、イワレコンフが閉じられたオークション会場の扉を体当たりで破壊する。
彼と同時に外のロビーへ飛び出せば、正面でアタシ達を待ち受けていたのは掃除機を手にしたメガネの若い女。
飄々とした雰囲気とは逆に、アタシ達との間合いを一瞬で詰め、握っていた掃除機の延長管を容赦なく頭上に振り下ろす。
目の端で捉えたイワレンコフの最期。
背後では彼のバタリと倒れる音が聞こえたが、アタシは振り返ることなく走り続ける。
否、怖くて振り返ることなんか出来やしない。
背後に迫りくる無圧の殺気を感じていた。
殺しを機械的にやってきたであろう人間のみが発するオーラ。
人の命なんて屁とも思ってやしない。
心の中で、『畜生！！』と叫ぶしかなかった。
アタシより少し若いであろうメガネ女は、アタシとは比べものにならないほど修羅場を搔い潜っている。
よもや女がアタシを仕損じることはないだろう。
残酷な予測どおり死神は一気にアタシとの差を縮め、容赦なく大鎌を振り下ろす。
先ほど同様ぐしゃりと潰れたリアルな音が、アタシの頭蓋骨の中に響き渡る。
弾け飛ぶ脳みそ・・・そして最後に目にした光景は・・・
（まんもくこうりょう）１８０分の恋奴隷・・・
今にして思えば何故さほど威力のない念能力を設定してしまったのか、自分のバカさ加減に腹が立つ。
操作系の能力を生かし、相手の唇を奪ってアタシの忠実なる下僕に変える。
その名に相応しく、アタシの命令には愛を持っての絶対服従。
ただし１８０分の限定品。
けれどもこれは自分が優位に立っているからこそ発動出来る念能力。
実力が上位の相手の唇を奪うなんて、所詮は無理な話し。
今まで奪ってきたのは下位の唇であり・・・アタシ好みの男達。
鯔の詰まり、アタシが今まで経験してきた修羅場なんか大したものではなかったのだ。
たまたま運良く強い敵と遭遇してこなかっただけのこと。
予想もしなかった敵の力。
いったいこいつらの正体は・・・
だいたいあの男がアタシを裏切らなければ、こんな能力には設定しなかった。
浮気という裏切りがトラウマとなって生まれた１８０分の恋奴隷。
愛憎なんて紙一重。
殺してやりたいほど憎くて好きな男に復讐をすることにした。
だから唇を奪い恋奴隷にしてみたのだが、もって生まれた女王様気質のおかげでアタシの念能力は一気に開花する。
１８０分後に恋の奴隷から開放されても、奴隷の間に撮られた恥ずかしいビデオの存在は、相手を脅かし続ける恰好のアイテムになってくれる。
おかげで１８０分後においても一度恋奴隷になった者は、アタシの許しがない限り永遠の下僕にならざるえない。
トラウマに縛られた念能力は発想的にはよかった。
だけど手段をもっと賢くするべきだった。
口付けなどという接近行為にせず、離れたところからでもターゲットを操作できるように、キューピットよろしく愛の矢でも打ち込んで操作すればよかったのだ。
そうすればあの体のでかい男は難しいにしても、演台に立った小男くらいは操作できたかもしれないのに。
そんなこと、いまさら後悔したってしょうがない・・・
セメタリービルで命を落とすという皮肉。
白い大理石の豪華な床と、美術館と見紛うばかりの贅沢な絵と調度品に飾られた空間に見守られ、ここが私の最期の褥になるなのかと思ったが・・・
動かなくなった瞳孔に映る眩しい照明が遠くに消え去り、アタシの身体は他の肉片達と一つになってどこかへと吸い込まれてゆく。
どこにどうアタシは飛ばされたのか？
目の前に広がる光景は寒々としてもの悲しい。
肉片となったアタシはここを永遠に彷徨うのだと、ぼんやりして行く意識の中で悟った。
End
2017/01/28 改稿
2010/02/22
Backシズク本人ですら知りえないデメちゃんの吸い込み先を考察してみる。