＊曼理皓歯＝肌理細やかな美しい肌と、歯並びがよく白い歯の美人を形容する言葉。
容姿に自信があるかと訊かれたら、自信を持ってノーと言える
もっとも訊かれる心配がないから答える心配もない
だいたいこんな質問をされるのは、見栄えが良いのかどうか微妙に分類される人
見栄えが良ければ敢えて質問されることはない
見栄えが悪くても質問されることはない
だから私のような人間がされる質問ではないのだから安心だ
（まんりこうし）世の中の人間は無遠慮で恐ろしいほど露骨だ。
デリカシーのなさが口に出さずとも、はっきり表情や態度に表れる。
おかげで私は今いい晒し者で、背に突き刺さる視線というより、全身に突き刺さる視線に倒れる寸前。
私が一人で歩いているなら万人から見向きもされず、単なる形の悪い石ころで話しは済むのだが、数少ない女友達は私と一緒に歩きたがる。
並みの容姿の彼女達も、隣に私が立つことでかなり可愛らしく見える。
石ころも二つ並べれば比較対象となり、あからさまに優劣が第三者によって決められる。
それは同性に限ったことではない。
今寄り添って歩くこの男のために、私はかなり注目を浴びている。
それでなくても今日は雨が三日続いた後の、朝から快晴の日曜日。
街中はショッピングやデートを楽しもうという人でごったがえしている。
私は少しでも彼から離れようと歩きながら身を捩るが、しっかりと腰に廻された逞しい腕が、私の拒絶を拒む。
「……ヒソカ、お願いだから離れて歩こうよ」
私が人混みの中で泣きそうな声で懇願すると、身長差のあるヒソカは腰を折り、私の耳元まで顔を近づけてくる。
「どうして？楽しくデートしているのに。恋人同士が離れて歩く理由がないだろ♡」
恋人という言葉に熱くなるものを感じるが、世間が私を見る目は冷たく、居た堪れない気分になってくる。
周りの視線は、私とヒソカが不釣り合いだと容赦なく言っている。
時としてすれ違いざまに、『わたしの方がまだまし』と、笑いながら若い女の子に言われたことが何度もあった。
それに対し世間は、ヒソカのイケメンぶりを賛美する。
横に立つ落差の激しい私には侮蔑と嘲りが……
二人を見比べる好奇の視線。
ほら、今すれ違ったアベックが確認するように振り返る。
思わず不安な気持ちにかられた私も振り返り、彼らと目を合わせてしまう。
ばつが悪そうに視線を外す若い男女。
一度止めた歩みを戻しながら、彼らはクスクスと声を忍ばせて笑う。
心に突き刺さる刃に、胸が締め付けられる。
私のダメージなどお構いなしでスタスタと歩くヒソカ。
私は泣きたい気持ちを必死に抑えたが、顔を上げて歩くことが出来なくなってしまう。
「ねぇ……こんな街中ではなく、誰もいない所に行こうよ」
人の大勢いる場所から逃れたい私の言葉に、ヒソカは何を思ったのか立ち止まり、嬉しそうにクックッと笑う。
「嬉しいね。キミの方から誘ってくれるなんて。ボクはいつだってＯＫさ。キミが望むなら、この場でやってもいいくらいズキュンになっているんだから」
真昼間の人通りの多い場所で、とんでもなく恥ずかしい言葉をさらりと口にするヒソカ。
この男が言えば冗談には聞こえないから怖い。
口元を引き攣らせながら、項垂れていた頭を持ち上げようとすれば、嫌でも彼の股間が目に入る。
そこはスラックスの上からでも分かるほど張っていて……お願いだから、時と場所を弁えて。
動揺を悟られまいと一度目を瞑り、必死に今見たものを頭の中からリセットしようと努力する。
そして平然を装いヒソカを見上げる。
「まじめに私の話しを聞いてよ。出来るだけ人の少ない所……たとえば公園とか」
心ならずも声を上擦らせ気味に言えば、相変わらず顔を緩めたままのヒソカ。
「それもいいけど、今日はこれからキミのために可愛い服と下着を選び、美味しいランチをホテルで食べ、そのまま上の階で選んだ服を脱がすのがボクの予定さ」
それって、ヒソカお気に入りの定番コース。
普通のカップルがデートするように映画を観たのは最初の一回だけ。
二回目以降はセックスが目的のデート。
プレゼントだと言う脱がせるための服を彼自身が選び、栄養満点な食事を摂ってセックスに臨む。
まるで私は有力なスポンサー付きのアスリートのようだ。
今着ている服と下着も、前回のデートでヒソカが気に入ってプレゼントしてくれた服の一つ。
私には絶対似合わない、胸元が大きく開いたミニの黒いワンピース。
そうそう、この履き辛い黒革のピンヒールもヒソカのお気に入り。
この靴を履きこなすため、私は毎日数時間のラントレーニングをしたほどだ。
ヒソカの艶っぽい視線が胸の谷間に落ちてきて……恥ずかしくてしょうがない。
そのくせ体の芯が火照りを感じるのだから情けない。
なんて私は妄りがましいのだろう。
私の心身の変化に、勘の良いヒソカは気が付いている。
太っているとか痩せているとかいうことは、本人の努力でかなりの部分は改善できるが、背丈や手足などの長さは自分の努力ではどうしようも出来ない。
特に顔は生まれ持ったもので、化粧に頼ったところで落としてしまえば現実をつき付けられてしまう。
眉のない顔がどれだけ滑稽で、目の周りの化粧がなくなれば、どれだけ平面的な顔になることか。
よく言われる、化粧して人前に出るのは礼儀だとか、女のくせに化粧をしないなんてと言う女は、やはりどこか容姿に自信がないのだ。
その証拠に、本当の美人ほどあっさりしたメイクか、化粧をしているのかと勘違いさせるほど素顔が美しい。
親の顔を見れば、そこに将来の自分が見えてくる。
所詮遺伝子には逆らえないのだ。
たとえ整形したとしても、生まれてくる子供にウソは吐けない。
世の中にはヒソカのような容姿が整った男もいれば、私のようにちんちくりんで不細工な女もいて、不公平としかいいようがない。
それなのに……
初対面でヒソカに一方的に愛を告白され、考える間もなく抱かれていた……
私は事故に合うがのごとくバージンを失ったけれど、何故か大切にされたまま一年近くも付き合っている。
ヒソカは仕事が忙しいらしく、月に二度会えればいい方だけど、私に逢いに自宅にやってくる時は、赤い大きな薔薇の花束を抱えてやってくる。
私は嬉しさのあまり卒倒しそうだ。
でも、どうしてよりによって私なんだろう？
世の中には私より美しい女性の方がはるかに多く、梅クラスの私レベルを探すのは難しい。
大好きなヒソカと一緒に居ることがこんなにも苦しいのなら、始めから付き合わなければよかった。
今からでも遅くはない……いっそのこと、別れてしまおうか。
私がもうちょっとましだったら、素直に言える言葉があったのに……
瞬間、真顔になったヒソカの言葉が降ってくる。
「今、『どうして？』って思った？それともボクと、別れようと考えた？」
ヒソカに心の中を見透かされ、私は全身を強張らせた。
緊張した私を柔らげるように、ヒソカが穏やかな笑みで話す。
「ボクの基準では、キミは美人と言えるんだけどね。顔だけでなく、どこを触れても肌理細やかな肌が吸い付いてくる。白い肌がボクをそそり、いつも触れていたい衝動にかられる。それに笑った時の歯並びの良さと、自然な歯の白さが爽やかなんだよ。作られた人工的な臭いがしないところが最高だ。ボクにとって完璧と言える美しさなんだけど。でも一番好きなのは……」
ヒソカは私の耳元で囁いた。
その白い肌が、ボクによって桜色に染まったところ……って。
それにあの時、私の体の奥深くから香る匂いが好きだって……
聞いている方が恥ずかしくなってくる言葉にドキドキしていると、真昼間の人混みの中で熱く抱擁され、容赦なく唇を奪われてしまう。
しかも濃厚なキスに、周りから溜息とも叫びとも聞こえる声が漏れてくる。
何か抗議するような声も聞こえたが、熱くなった身体が外野を遠ざけ、触れているヒソカだけに集中してしまう。
頭の中が異常発熱をしているようだ。
もしかしたら私、人目も憚らず、この場でヒソカを受け入れてしまうかも……って、気分になってくる。
だめ、だめよ！せめてホテルまでは我慢しなくちゃ。
必死に自制を効かせようとしているのに、ヒソカがとんでもないことを口にする。
「本当にキミはバカな子だね。いっそのことここで抱いてやって、ボクがどれだけキミを愛しているか、世間の奴らに見せ付けてやろうか」
ふっと離れた唇が、恐ろしい言葉を口した。
ヒソカなら本当にやるかも！！！
私は大きく目を見開き、ぶんぶんと左右に首を振った。
いくら節操のないヒソカでも、喧騒ある路上で私を抱くなんてことはなく……
その代わり、食事抜きで近くのホテルに連れ込まれ、声が完全に嗄れるまで啼かされ続け……
これ以上ない幸せを独り占めにしていた。
精を使い果たしたヒソカは満足そうに眠り、私も一緒に眠りに落ちていく。
……もう少し……もう少しだけ待っていて。
自分に少しだけ自信が持てるようになったなら、ヒソカ以上に好きだと言ってみせるから。
End
2016/08/29 改稿
2010/09/29
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