＊痴話喧嘩＝男女の仲において、愛情のもつれからくる他愛のない喧嘩。
警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
市民アリーナではフィギュアスケートの国際大会が催されている。
三日前、俄かフィギュアスケートファンのレノンに頼まれ、急遽チケットを手配する羽目になってしまう。
この試合はとても人気が高く、六ヶ月前にチケットは売り出されるが、僅か三十分で一万席が完売するほど。
しかも転売を禁じるため当人しか入場できないように、チケットには個人認証システムが施されている。
特に人気のプレミアムシートは関係者が押さえ、一般のファンが手に入れるのは不可能とも言える。
能天気なレノンは俺に頼めばどうにかなると思っているらしい。
実際のところ、レノンに頼まれた人気コンサートのプレミアムチケットは全て手に入れてきた。
でも、さすがにこのチケットは……
仕方がないので大好きなレノンのために、何とか俺のスキルを最大限に生かし、リンクサイドのＳＳシートを手に入れた。
これならレノンのお気に入りであるパドキア共和国の男子選手に、シートから花の投げ込みが出来るはず。
乗ってきた車を、アリーナからだいぶ離れた駐車場に停めることになってしまう。
主催者は公共機関をお使い下さいと宣伝するが、アリーナ近くの駐車場は順番に埋まって行く。
予定していた時間よりも到着がだいぶ遅れた俺達は、当然のごとく歩く距離が増えてしまう。
時間的には男子の公開練習が始るころ。
大方の観客は選手の仕上がり具合いを見ようと、既にシートに座っているはず。
俺とレノンはアリーナに伸びる銀杏並木を急ぎ足で向う。
黄金色の絨毯がカサカサと音をたてる中、俺は前方の建物を見ながら言った。
「昼食は時間がないから、アリーナの中の売店でいい？」
「え～～～、せっかくのデートの食事が売店だなんて」
並んで歩いていたレノンは落ち葉をザクッと踏み、足をぴたりと止める。
数歩前に出てしまった俺は慌てて立ち止まり、後ろを振り向く。
そこには不服で頬を膨らますレノンがいた。
「しょうがないだろ。レノンが一度起きた後に、二度寝なんかするからこんなことになったんじゃないか。『あと五分』が、完全熟睡。何度も『起きて！』って言ったのに。俺だって、昼食は競技が始る前に余裕を持って、この近所で評判になっているレストランで食べようと予定していたんだ」
レノンはチェック柄のふんわりとしたスカートの横で、強く拳を握る。
「シャル、酷い！わたしのせいにするわけ。だいたいシャルが夕べ寝かしてくれなかったからじゃないの！そのせいで疲れきって、二度寝することになったんでしょ！」
レノンの唖然とする言いわけに、思わず目が点になる。
「寝かしてくれなかったって、その言い方は何だよ。俺は今日の観戦のことを考え、気を使っていつもより早目に終えようとしたのに、『もっと、もっとして～』って、お強請りしてきたのはどこの誰！？」
レノンの売り言葉をまともに買う俺も大人気ないが、それ以上にレノンのテンションが上がって行く。
「そうゆうこと言う！たとえ欲しがったとしても、今日の観戦をどれだけ私が楽しみにしているか知っていたら、止めるのが恋人の義務じゃないの？」
「よく言うよ！俺だってもっとしたいのを我慢して、レノンにすまないと思いながら背を向けたのに、強引に人の上に跨って、俺のモノを大きくしようと触り始めたくせに。人が抵抗出来ないことをいいことに、騎乗位で挿入したのは誰さ。散々気持ちよさそうに腰を振っていたくせに」
そう……俺はレノンが好きだから抵抗しなかった。
それに女性上位で奔放に身体を揺する、レノンの恍惚とした表情が好きだ。
俺は駄目だって口にしつつ、身体はレノンとリズムを合わせていた。
むしろレノンの表情に魅せられながら、レノンを何度も高みに押し上げようと突き上げ、時にはじらすように動きを緩慢にした。
だいたい何が恋人の義務だ。
自分の彼女がたとえ世界の違う相手であったとしても、黄色い声を張り上げ応援するさまを見たいと思う男がいるか！？
それでも好きだから、レノンを喜ばせたいと思うから観戦チケットを取ったのに。
否！合法的に取ったのではなく、盗ったのだ。
それなのに……
俺の想いなんて今のレノンに通じるはずもなく、次の雑言が飛んでくる。
「私が今日のデートをどれだけ楽しみにしていたと思うの！？シャルみたいに女心の解らない男となんて付き合わなければよかった。シャルが付き合ってくれって言うから付き合ってあげたのに！」
おいおい！いったい何時の話しをしているんだよ。
それって、一年以上も前の話しだろ。
好きだと俺の方が先に言ったけど、レノンだって俺に気があったくせに。
既に甘いも酸いも噛み分けた仲じゃないか。
それを今更言うか！
女の子って興奮すると、どうしてこうも脈絡がなくなっていくのだろう……
俺はまったく関係ない方向に話しが飛び火したことに腹を立ててしまう。
（ちわげんか）何て思ったのは、まだ甘かった！
涙目になったレノンの悪態が止まらない。
「あの時……そう、初めてデートした時よ。車の中でシャルが、『先端だけちょこっと入れさせて』って言ったのに、見境なく全部入れちゃったんじゃない！酷いよ！嘘吐き！！初めてのデートで、あんなことする！？」
「酷いって、レノンだってあの時、随分と際どい服を着ていたじゃないか！下着だって完全に勝負パンツだっただろ！準備万端、いつでもどうぞって、構えていたじゃないか」
ああ言えばこう言うの非難の応酬！レノンの罵詈雑言はヒートアップして行く。
だいたい男女の仲に、ちょこっとは全部の意味だ！
ちょこっとなら入れてなかったとでも言いたいのか！
車の中で俺が挿入しやすいように、シートを自ら倒したのは誰だっけ！
俺はレノンの明け透けな言い方に血の気が失せて行くのを感じながら、呆然と立ち尽くす……が！
泣くのを必死に耐えているレノン。
ワンワン泣かれるよりはましだけど。
俺もぶっ倒れそうになるのを踏ん張っていた。
それを興味津々で、立ち止まって見ている連中にはたと気が付く。
俺達同様、スケート観戦に行くのであろう複数のカップル。
歳若い女の子のグループに、昔は若かかったであろうおばさん達。
乳母車を押す母親に寄り添う亭主。
スケボーを脇に抱えた小僧のグループ。
他にも警邏中であろう警察官。
皆が遠巻きにし、俺達をにやにやと見ている。
中にはスマホをこちらに向け、失礼にも写真を撮っている奴までいるではないか！
大声で赤裸々に語ってしまった二人の馴初め。
それも天下の公道、真昼間！！！
青ざめた顔が恥ずかしさのあまり、瞬時に赤くなる。
レノンも置かれている状況に我を取り戻し、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
あぁ……なんて恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
「シャル！！」
レノンが俺の腕首を掴み、脱兎のごとく駆け出した。
俺は体勢を崩したもののすぐに立て直し、レノンに負担にならない程度のスピードで並んで走る。
路上に落ちた黄金色の落ち葉が二人の勢いに舞い上がる。
「レノン、いいの？アリーナとは逆の方向に走っているけど」
「いいのよ。今はシャルといたいの」
「……」
「頑張ってチケットを取ってくれたのに、ごめんね。最近シャルが仕事で忙しくてあまり会えなかったから、少し我がままになっていたかもしれない。ともかく今はシャルと一緒に時間を過ごしたいの。それにアリーナで、私達の喧嘩を見ていた人達と出会っても恥ずかしいし」
「……俺だって同じさ。レノンと一緒にいたい」
大好きなレノンにこんなことを言われたら、俺は幸せで蕩けてしまいそうだ。
けっきょく『喧嘩するほど仲がいい』を、地で行ってしまったようなもの。
レノンの部屋へ戻った俺達は……
何回かＨを楽しんだ後、二人でベッドの上から男子のファイナルを生放送で楽しんだ。
惜しくもレノンのご贔屓選手は僅差で優勝を逃してしまったが、唯一完璧な四回転ジャンプを三度も決め、レノンは大喜び。
そんな彼女を後ろからそっと抱きしめ、表彰式を見ながらそのまま挿入してしまう。
雨降って地固まる、たまには痴話喧嘩もいいものだ。
End
2017/05/19 改稿
2012/11/28
Back2012年NHK国際フィギュアスケート競技大会を生で観戦した後に書いた作品。女子は全盛期だった浅田真央選手が優勝。男子は羽生結弦選手が優勝でした。今にして思えば、よくチケットをとって貰えたものだ。この時は、羽生選手は四回転をしなかった記憶が……四回転は改稿時に書き加えた次第。