「 。また、夢をみているのかい」
訊ねたところで返事などあるはずもなく、 は深い眠りに落ちている。
本来夢は浅い眠りの時にみるというのだが、 に限っていえば眠りの深さには関係ないらしい。
その証拠に、ボクが の鼻の頭をぺろりと舐めても、柔らかな耳に歯をあてても無反応。
普通なら目を覚まさずとも、何らかの反応くらい示すはず。
そのくせ閉じられた瞼の下で面白いように眼球が動く。
眠る表情は楽しそうで、一時の夢間を彷徨っているのがよく分かる。
だがソファーに腰掛けたまま崩れるように寝むっている姿が、少し無防備すぎやしないか？
安心しきった犬が、腹を見せて寝ているに等しい。
いくら玄関の鍵はかかっているとはいえ、居間のテラスに面した窓は全て開放されている。
もしも不審者が侵入してきたならば……ボクのように優しい悪戯では済まない。
が目覚めたなら、きつくお説教をしてやらなきゃね。
開放された窓から吹き込むのは心地よい５月の風。
柔らかな緑の木漏れ日と、耳には安らぎのある鳥の囀り。
これは でなくても、窓を開け放しにしたい気分になってしまう。
風薫る、午後の一時。
握っていた家の鍵をジャケットのポケットにしまい、 の眠るソファーの傍らに跪く。
クッションと の身体の間に腕を挿し込み、ゆっくりと立て膝をつき彼女を持ち上げる。
華奢な身体なのに、緊張を失った身体はいつもより重みを感じるのは、それだけ深く眠っている証拠。
を起さぬよう、それでいてボクの存在を誇示するかのように、寝室に向って大股で歩く。
眠りにはノンレム睡眠とレム睡眠の二つがある。
ノンレム睡眠の時は脳が休み、レム睡眠の時は身体が休む。
最初はノンレム睡眠で始まり、レム睡眠と組み合わされ、およそ９０分間隔で眠りのリズムがやってくる。
ノンレム睡眠の最中は身体を支える筋肉は活動しており、眠りが深くなるにつれて呼吸回数・脈拍数が少なくなる。
逆にレム睡眠では身体の力が完全に抜け、呼吸や脈拍が不規則に。
ノンレム睡眠でもまったく夢を見ないわけではないが、夢を見るのは身体が寝ているレム睡眠の時の方が断然多い。
それに記憶に残る夢の大半は、レム睡眠中のものといわれている。
眠っているはずなのに、瞼の裏に映る光景を追っているのか、眼球が急速に左右上下と動く。
寝言などもレム睡眠の時に発せられる。
身体は休んでいても、脳だけは活動している。
ボクが留守の間、掃き清められた家の中。
いつ帰るとも分からぬ家なのに、いたるところに瑞々しい花が飾られ、主が何時でも帰宅していいように整えられている。
の身体を、ボクのお気に入りのクィーンサイズのベッドに静かに下ろす。
ダブルベッドでは狭く、キングサイズのベッドでは広すぎる。
激しい動きにも耐えられるように、マットレスは固めのホテルタイプを選んである。
余計な飾りなどなく、いたってシンプルな作り。
そのベッドを が選んだ光沢感のある、綿サテンの白いリネンが包み込む。
これまたシンプルな選択だが、シンプルとシンプルが二乗され、モダンな雰囲気が強調される。
綿サテンの肌触りが、滑らかな の肌に似ていた。
しばし、軽い寝息をたてる に見入る。
眠る場所を移動されたというのに、未だ眠り続ける姿に少しばかり不安を感じてしまう。
このまま夢の世界の住人になってしまうのではないか……
現実逃避……寂しさから抜け出す夢の世界。
孤独の檻の中で、自由気ままにみることを許された夢。
別にボクが閉じ込めたわけじゃない。
閉じ込めたのは彼女自身。
外に出るための扉はいつだって、キミのために開いている。
最初は一夜限りのはずだった。
気まぐれで声をかけた女がボクに付いて来た。
翌朝になれば帰るのかと思った女。
女はそのままボクの家に住み着いた。
部屋の数はそれなりにあるし、女一人が増えたところで不都合はなかった。
不都合のない女は都合良く、適度にボクの面倒をみてくれる。
ボクの好みを直ぐに把握し、一日三食の食事をきちんと作る。
しかもその日の体調に合わせて作るという心づかい。
掃除洗濯、家事全般をそつなくこなす。
それにSEXの方も具合がいい。
場所と時間を選ばず、ボクの希望に応じてくれる。
そのうえボクが他の女を家に連れ帰えっても、文句も言わずにお茶をサービスする。
そんなもんだから、連れ帰った女は彼女のことをメイドか何かと勘違いしてしまう。
ボクらが寝室に籠っている間、女の気配は完全に消えていた。
女との日常に不都合は何もなかった。
連れ立ってショッピングに行くこともあるし、カフェで雑談に熱中することだってある。
ボクが戦いのために家を空けている間、実に良く住まいを管理してくれていることには感謝している。
だからたまにはプレゼントの一つも買って帰る。
が望み、この家に残っただけのこと。
自分の立場をよく弁えている女だから、ボクとしても を追い出す理由はなかった。
どんな夢をみているのかと訊くまでもない。
キミの口から漏れたボクの名前。
ジャケットを脱ぎ捨て、シャツの釦を半分まで外す。
そして の隣に身体を横たえる。
硬いホテル用のマットレスが、ボクの体重で僅かに沈みこむ。
キミが目覚めた時、予告なしで帰ってきたボクにどんな顔をするのか見てみたい。
夢の続きをみているのかと……
いるはずのないボクに夢みる夢と、再び眠りに落ちてしまうのか
居間同様に開け放たれた寝室の窓。
柔らかく流れ込む風が、 の前髪を揺らす。
微笑みながらボクの名前を呼んだキミの額に口づけを落とす。
あぁ、そうだった……
はボクが勝手に付けた名前。
ボクが子供のころ、餌を与えていた野良猫の名前。
ボクはまだ、彼女の本当の名前を知らない。
End
2017.04/25 改稿
2010/05/17
Back世にも珍しい、相手がいるのに単独で話しが進むDREAM♪
改稿時、少し後半に手を加え、オチ的な要素を加えてみたりして……