警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
ぐるりと部屋を見回す。
今いるのが寝室にも居間にもなる居室。
そして小さなキッチンに繋がる開口と、洗面化粧室への扉。
そしてもう一つ……ぶ厚いペアガラスで仕切られた壁。
ガラスの壁の向こうには、見るからに高級なグランドピアノが一台設置されている。
ここは完全防音された部屋を備えた、音大生専用マンションの一室。
足を高く組み、２人掛けのソファーに腰を下ろす。
目の前のテーブルに置かれたコーヒーカップに手を差し出そうとした時、
「クロロって、何型？」
「何型って？」
「何型って、もちろん液型の話し」
部屋の主で、最近付き合い始めたが、俺の一番嫌いな分野の本を手にしながら、もっともくだらない質問をしてきた。
カップに差し出した手を引っ込め、気持ちとは裏腹に軽い笑みを浮かべ、
「俺はＣ型だよ」
「えっ、そんな型あった？」
腑に落ちぬ顔で、すぐさま手にしていた本を広げ、真剣にページを捲りだす。
にとって、７歳年上の俺は知識の宝庫。
従って、解せぬ答えにもすぐに反発せず、一応本を開いて確認する律義さ。
華奢な白い手が拝むように本を閉じ、顎を引いて上目遣いで睨んでくる。
「も～クロロったら。私をからかったのね。本当の血液型は？」
「ＡＢ型だ」
答えに満足したのかの顔が緩み、いらぬ血液型による性格分析をしてくれる。
ＡＢ型の男性は、あらゆる面で物事を器用にこなし計画的。
感受性が豊かで感傷的なところもあるが、理論的。
以下云々。
ふんふんと頷くが、意味のない話しは右から左へと受け流す主義。
そしては長々と講釈をしたのち、
「クロロって、どちらかと言うとＢ型よりのＡＢ型だよね」
「そうかもな」
にっこりと笑い、の言葉に同調する。
もちろん本位ではないが、多くの経験からこういう場合、同調しておいた方が概ね話しが早く終わる。
下手に正論を言おうものなら、女はすねたり反発してくるもの。
俺はこの場所に時間潰しに来ているのではなく、明確な目的をもって来ているのだ。
だから無駄な時間を、無意味な会話に費やしたくはなかったのだが……
の住むマンションにやって来たのは今日が初めて。
はこの国の国立音楽大学に、留学で来ている。
まだ付き合い始めて３週間。
たまたまやって来たこの街の古都の雰囲気が気に入り、しばらく腰を落ち着けることにした。
多くの作家や芸術家を生み出した街だけあって、コンサートホールや美術館が多く、緑も街に溢れている。
そのうえ大好きな古書を取り扱う本屋も多い。
美味いレストランが揃っているのも、この街の魅力の一つ。
そんな街で、大学帰りのをナンパしたのだ。
はアイジエン大陸の出身で、ブロンド系が多いここヨルビアン大陸では、長く美しい漆黒の髪と、濡れた黒曜石の瞳がエキゾチックに見える。
それもすこぶる美人となれば、俺のストライクゾーンにぴったりと嵌まってしまう。
口説き落すのに時間はかからなかった。
もちろん既に男女の関係にある。
俺にとっては、この街にいる間だけの恋人。
それ以上のものでも、それ以下のものでもない。
今日はが、得意な料理でもてなしてくれると、自宅に誘ってくれた。
出会ったころは大人しく見えたも、付き合ってみると負けず嫌いで、情熱家であることが判明。
そして今日……新たなる発見をした。
初めて訪れた部屋の本棚には、血液型占いや、血液型性格判断の本で埋め尽くされていた。
そもそも俺は、血液型で性格を決める血液型占いを信じてはいない。
だいたい血液の中に、性格を決める成分も要素もありはしない。
これは血液学権威の学術的研究の結果。
性格とは、両親から受け継いだ遺伝子と、経験が脳に蓄積されたもの。
血液型とは動物全般にある。
動物には個々に、性格・個性というものが存在する。
たとえば類人猿でもオラウータンは人間同様に、Ａ・Ｂ・ＡＢ・Ｏの４種類と言われ、チンパンジーはＡ・Ｏの２種類。
動物園に行って猿を見ていると、人間以上に千差万別の個性があり、一日見ていても、その行動を見飽きることはない。
このような見地から、血液型で性格を決められてしまったら、４種類の性格に限定されて不合理そのもの。
世界的に血液型に拘っているのは、アイジエン大陸の一部の地域の人間のみ。
ヨルビアン大陸では占星術にのめり込んでいる人間が多いと言われている。
どこでも共通なのは、占いに嵌るのは若い女に限られる。
大多数の男は若い女の関心を引くために、それらの話題に付き合うことはあっても、本気で信じているわけではない。
俺だって雑談の類としては話しに付き合うが、本気で血液占いの話しをされては堪らない。
だから真剣に話しをされると、思いっきり引いてしまう。
占いによる性格判断には、ある種のマジックとも言える言葉のトリックがある。
４種類の血液型という絞り込んだ枠の中に、実は要素を決める項目が全てに重なるように広く作られているので、必ず自分の血液型に書かれていることが当たっているいように錯覚してしまうのだ。
逆を言えば他の血液型の性格説明をじっくりと読めば分かることだが、表現を替えているだけで、ほとんど言っていることは、他の血液型と差異がないということ。
そのような理由から、『ＢよりのＡＢ型』などと、ふざけた言い方になるのだ。
全ては読み物として売るための、出版社の販売戦略に踊らされているにすぎない。
あくまでもこのような本は趣味の読み物であって、学術的な研究データーではないのだ。
ましてや統計に基づく数学的なものでもない。
社会経験を積み、多くの人間に出会うようになれば、人間の性格の奥深さがたった４種類に分けられるような、単純なものでないことに気が付くはず。
だから経験の少ない、年若い情緒が不安定な世代に、占いというモノは流行るのだ。
以前付き合った女は星座占いに凝っていた。
何もかも占いによって行動を決め、俺にもそれを強要する。
女にとっては俺のことを考えて言っているつもりなのだろうが、こちらにしては迷惑千万な話し。
女って奴は、どうしてこうも占いが好きなのだろう。
当たるも八卦、当たらぬも八卦というように、占いとは無責任なもの。
もしも占ったことに保証する制度が出来たなら、念能力を使った占い師以外、占い師になる奴は誰もいなくなってしまうだろう。
占いとは、あくまでも余興という遊びなのだ。
もしくは人生経験豊富な人間に、アドバイスを貰った程度に考えるべき。
だから……
「それで今日の血液型占いの運勢には、俺のことはどう書かれているんだ？」
ソファーから立ち上がり、の括れたウェストに手をかけ胸元に引き寄せる。
は密着した身体を挑発するように捩り、俺を嬉しそうに見上げた。
「今日のＡＢ型の恋愛運は、愛しい女性を情熱的に愛すでしょう」
くっと口角を上げて笑い、の顎を優しく掴む。
そしての期待どおり、蕩けるような口付けをじっくりとしてやる。
最初は必死に返してきた口付けも、一度唇を割ってしまえば甘い吐息に変わる。
さらに舌を使い口の中を舐めましてやれば、酸欠を起したかのように呼吸が荒くなる。
更に官能を誘うため、腰のラインを指先でなぞりながら、更に下へと手を落とす。
必死に俺の背中に手を回し、背筋を無意識にのけ反らせる。
若い身体はちょっとした刺激にも弱く、内側から湧き上がる疼きに、簡単に翻弄されてしまう。
確認せずとも、既にのあそこがどういうことになっているのか、想像がつくというもの。
「俺にどうして欲しい？」
分かりきった意地悪な質問に、の潤んだ目が、部屋の角にあるベッドを指し示す。
「分かった……でも、今日は少し趣向を変えよう」
そう言って、一人では立っていることもやっとのの身体を支え、ガラスで仕切られた防音室の扉を開ける。
意味を悟ったの心音が早鐘のように打ち、支えた俺の身体に伝わる。
……静かに扉を閉め、二人だけの完全なる密閉空間を作りあげる。
部屋の中央に置かれたピアノの鍵盤蓋にの腰を寄りかからせ、甘い香りを放つ首筋に舌を這わせた。
そして崩れ落ちそうな腰を保つため、の膝と膝の間に俺の左足を差し入れ、彼女の体重を支えてやる。
捲れあがったミニスカートから露出した均整のとれた足。
同時にゆっくりと、その足の付けに根に差し入れた俺の足を前後に揺らす。
切なく漏れる声……次第に遠慮のない喘ぎ声に変わる。
密閉空間というキーワードがの常識という箍を弛ませ、本来の性における動物的な姿に戻して行く。
這わせていた舌を止め、
「ところで、今日のお前の運勢はどうなっていた？」
は疼きを抑えられぬ声で、『もっと……』と言いながら、『最高に幸せな一日になるでしょう……』と答えた。
つまり俺達の相性は格別に良いということか。
ふっと……堪えられぬ笑いが口をつく。
次の瞬間、の首に添えていた手に力を籠める。
一瞬の出来事に目を剥くだったが、骨の砕ける音が防音室に響く。
過去にも耳にした、生木の枝を勢いよく折るような音。
確か星座占いに凝っていた女も、これと同じ音をたてていた。
差し入れていた左足を外し、首を締め付けたままピアノの屋根に、の上半身を強く押し付ける。
運勢とはこんなもの。
もしも未来が見えてしまったなら、人生がつまらなくなる。
性格判断と、枠の中に押し込められて型を付けられたなら、なんと味気のない生き方になってしまうことか。
だから……俺の嫌悪するものに、が嵌まっているのだと知った時、お前が想像もしなかった結末で応えてやりたくなったのだ。
締め付けていた手を緩め、ゆっくりと首を離す。
ピアノの屋根に中途半端に乗っていた上半身が、自重に耐え切れず、ずるりと床に落ちて行く。
体温を残した骸が、天井を虚しく見つめていた。
次に付き合う女は、占いに興味のない女を選ぶことにしよう。
そして俺は、用のなくなった部屋を後にする。
End
2018/02/05 改稿
2010/03/14
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