警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
は徹底的に勝ち負けに拘る。
勝てば満面の笑みで高笑いをし、負ければ悔しそうに唇をかんで地団駄を踏む……てなことはない。
は常に勝率１００％で高笑いをする。
一度でいいからに負けを味合わせ、悔し涙を流させてやりたかった。
しかし何だって、こんな強気の女と関係を持ってしまったんだ……
大体シャルナークが女の尻を追いかけるのに忙しく、俺の読みたい本の在り処を中々調べないからこんなことになったのだ。
苦し紛れにシャルナークが紹介してきたこの女、探し物を見付け出す能力の高さは認めてやる！
だがその手段と方法が悪過ぎる。
それにしてもこんなアクの強い女と、シャルナークはどこで知り合ったんだ。
もしかして、元奴の女だったりして！？
あいつは俺と違い、けっこう癖のある女が好きだから。
情報収集役のシャルナークにとって、かなり都合の良い女であることは間違いない。
だが俺にとっては不毛だ！
と一夜限りの付き合いなら文句はないが、付き合うとなればこれ以上の不幸はないように思われる。
なぜならば、強烈なまでの自己主張！整った顔とは裏腹に、毒が有りすぎる！
俺はアクの強い女よりも、賢いが素直な女の方が好みなのだ。
だがどんな生意気な女でもすぐに乗りこなし、俺好みに調教出来る自信があった。
にもかかわらず、はどんなに優しくしても、冷たくしても俺になびこうとはしない。
手練手管の通用しない女。
俺が誰であるかを知ったうえで毒を吐く。
とはかれこれ仕事で一年以上付き合っているが、時折り見せる可愛さがなければ、とっくに絞め殺していた。
普通の女なら、麻痺して感じなくなってしまう可愛さ……
毒のある女だからこそ、ちらりと見せる可愛さが際立ち新鮮なのだ。
ならばと知り合って一年目、房中に引きずり込みひれ伏せさせようとしたが、こちらの方が根をあげさせられてしまう。
男を知りつくしたテクニックに、男を歓喜させる喘ぎ声……
逝かせるつもりが先に逝かされちまって……俺としたことが、なんて恥さらしだ。
気は合わなくとも、身体の相性はかなり良いらしい。
そのことにも気が付いたようだった。
その証拠に仕事と称して会えば、打ち合わせの後は必ず身体を一つにしていた。
の身体を隅々まで知ることになっても、なぜか房中では主導権を握られてしまう。
腹いせに他の女の影をちらつかせても、はどこ吹く風。
限って言えば、俺の男としての自信を喪失させる。
それでいてとの関係が切れないのだから腐れ縁もよいところ。
従順でも嫉妬深い女達に、対等以上だが俺に関心を示さない女。
俺にしてみればこんな低姿勢になっている女は初めてなのだが……
を目の前にすると、本音とたてまえがぐちゃぐちゃになってゆく。
おかげで正常であるべき思考が軋みだす。
その代わり感情だけが過敏になり暴走してしまう。
俺はの不思議な魅力に憑りつかれていた。
おかげで最近ではシャルナークに仕事を頼むより、に頼むことの方が多くなっていた。
もちろんの顔見たさから……
「それで、今度は何を探して欲しいの？」
たまに顔を合わせれば、いきなり本題か……
ご機嫌伺いとか、俺に会いたかったとか、少しは営業でもいいから可愛い挨拶をしたらどうだ。
をホテルのバーラウンジに呼び出していた。
平日の晩ということもあり、人気店ではあるが比較的店の中は空いている。
薄暗かりの中、床に置かれた間接照明が、美しいが生意気なの顔を浮き上がらせる。
俺同様に、涼やかな黒い瞳。
ショートカットだが、思わず触れたくなる濡れ羽色の黒髪。
今日は珍しくパンツ姿ではなく、フェミニンな膝丈の黒いワンピースを着ている。
長く真っ直ぐに伸びた膝下が美しく、スカートの中に隠された下半身を思い出してしまう。
いつも以上に女っぽく魅力的なに、不覚にも見惚れてしまう。
そんな心の揺れを悟られまいと、深く腰掛けていたアームチェアーから身体を起こし、硬く張り詰めてきた下半身を隠すために膝を組む。
テーブルを挟み向かい合うアームチェアーには、これまた身を乗りだすようにも浅く腰掛けていた。
俺は声を押し殺し、今回の要件を説明する。
「今度も古書だ。世界一古い植物の図版集。手描きの一点物だが本としてだけではなく、美術品としても価値も高い。１５０年ほど前までは持ち主がはっきりしていたが、過去の世界大戦で行方知らずだ。もしかすると焼失しているかもしれない」
が真剣に話す俺の顔を覗き込みながら、くすりと笑う。
「クロロって、本が本当に好きよね。私に頼む仕事は本探しだけですもの。とてもじゃないけど、悪名高き幻影旅団の頭だとは思えないは。まるで金持ち文学青年の道楽みたい」
前髪を下ろし、童顔が強調された俺をからかうかのように、の毒舌が始まった。
「シャルナークは旅団の仕事で忙しい。俺の個人的な仕事などかまっていられないそうだ。だからお前に俺の個人的な探し物を頼んでいるんじゃないか」
ウソも方便！ に会いたい理由をこじつけていた。
むしろシャルナークは、最近俺からあまり声のかからぬことにお冠。
真に物探しをしたいなら、手っ取り早くの念能力をいただいた方が早い。
彼女の念能力の正体は知っている。
俺の『盗賊の極意』に、の手形を合わせれば簡単に能力を頂戴出来る。
の念能力の名前は『バクチ打ちの心得』。
バクチ打ち……なんてオヤジっぽいネーミングなんだ。
の外見とはギャップが有り過ぎる。
『バクチ打ちの心得』は探し物を賭けの対象にするというゲーム感覚の念能力だ。
念じれば念能力が探し物を見付けるためのヒントを与えてくれる。
それに基づいて探し物を決められた時間内に探し出す。
ヒントの大きさによって、も見合った代価を支払う。
当然賭けであるから、勝った負けたの代償があるわけだ。
それが何であるかはが口にしたことはなかったが、賭けには今のところ勝ち続けているようだ。
だが何でこんなまどろっこしい念能力にしたのか、に訊ねたことがある。
返ってきた言葉は、『スリルを味わいたかったから』だった。
俺があれこれ考えを巡らせていると、が予想もしなかったことを口にする。
「クロロ。悪いけど、この仕事であなたとの付き合いは全て終わりにするから」
いつもとは違い神妙に話すを呆然と見つめてしまう。
突然の言葉に後頭部を殴られたようなショック。
俺は思わずアームチェアーから立ち上がり、周囲の目も気にせず声を大きくした。
「これで最後！？何故！？報酬に不満なのか？それとも俺が気にいらないのか！？」
『俺が気にいらないのか！？』の中には、『俺がいつも先に逝ってしまうからか？』も、恥ずかしながら含まれていた。
だってしょうがないだろう…それほどお前が良いのだから。
俺は仁王立ちになり、手を強く握っていた。
拳の関節が太腿の横で白く浮き上がる。
何事かと周囲にいた客の視線が集まり、が慌てて俺を宥める。
「クロロ。お願いだから落ち着いてよ。ともかく座ってちょうだい」
「……」
困り顔のに取静められ、腰を再びアームチェアへと落とす。
俺らしくもない行動に恥ずかしさもあったが、ともかくの真意が知りたかった。
客達の視線も元に戻り、何事もなかったかのように店の中は、スローなジャズが会話を邪魔しない程度に流れていた。
「……では話して貰おうか。なぜ俺の仕事を辞めるのか。それに俺から去ろうという理由も」
事と次第では、の首に縄を付けてやる。
仕事を拒否するのは認めてやってもいいが、俺を一人放り出すなんて絶対に許さない。
口調はゆっくりだったが、知らず知らずに怒気を込めていた。
迫力に負けたのからしくもなく、俺とは目を合わさず俯いたまま話し出す。
おかげで薄暗い店の中、の表情を読むことが難しかった。
今まで自分のことはほとんど話すことがなかったが、ポツポツと自分のことを語りだす。
「私が念能力を身に付けたのは、スリルのためなんかじゃない。生活のため。生まれた時から極貧で、日々の食事も満足に食べることが出来なかった。父は家を捨て愛人の許へ。母は悲観して薬物中毒。長女の私が弟や妹の面倒を見ることに。ともかくお金が欲しかったの。だから念能力に目覚め、特質系だと分かった時、『バクチ打ちの心得』のような念能力にしたのよ。しかも厳しい制約と誓約を結ぶことによって、より高い利益を得ようとしたの」
「……」
「クロロにも以前説明したとおり、探し物を見付けるためにはまずは私が代価を払わなくてはいけない。でも念能力を設定した時、私が払う具体的な代価なんか貧しさのためになかったから、私自身を賭けるしかなかったのよ。たとえば私の声だったり、視力だったり、腕だったりと、身体の一部をね……」
「……」
「探すのが難しい物に関しては、よりヒントに対する代価が大きくなるってわけ。その代り、代償も大きくなるのよ。幸い今まで一度たりとも負けたことがないから、何も失わず済んでいるけどね。この念能力で一財産作ることが出来たおかげで、母を薬物専門の病院に入れることも出来たし、スラムから脱出して弟や妹にも人並みの教育を与えることが出来た」
単純にがお気楽に生きてきたとは思わなかったが、そこまでの苦労をしょい込んでいるとは考えもしなかった。
の素性を知ったことで、足元が音をたてて崩れて行くようだった。
「最近クロロからの探し物の難度が上がるに連れ、支払う代価が大きくなってきたの。もうこれ以上は賭けをしたくないの。だってこれ以上になったら、私のもっとも大切なものを代価に差し出さなければいけないから。そしてもしも私が負けたなら……」
いつもは毒づく強気のが、今にも泣き出しそうなっている。
それでも俺は訊かなくてはいけなかった。
常に身体の一部を賭けているというのに、それ以上大切なものとは？
「一体お前の一番大切なモノとは何なんだ？」
「……」
唇をきゅっと噛み黙り込む に、再度答えを促した。
「……そ、それは想う気持ちよ。私のクロロに対する愛情よ。私にとって一番大切なもの！」
予想もしなかったの言葉に驚いてしまう。
俺に対する愛情だって！？嘘だろ！？
ただの一度だって俺を好きだの愛しているだのと、口にしたことなんかないじゃないか。
しかもいつだって横柄な口を利き、俺をクライアントとして見ているのかも定かではなかった。
「私、クロロに好かれていないのは知っているは。性格はきついし、やることはオヤジのようだし。クロロとは、仕事とセックスだけの関係だって。でもクロロが好きだから、どんなに難しい仕事でも今まで受けてきたのよ」
「……」
「だって、クロロの信用を失いたくなかったから。でもこれ以上は無理。賭け事はいつかは負けるもの。そうなれば、私は代価を払うことに。クロロにどう思われようと、私のクロロに対する気持ちだけは失いたくないの」
「……」
「そう考えたとたん、怖くて念能力を使いたくなくなってしまったの。探し物の出来ない私なんて、クロロからみたら何の価値もないでしょ？だから本当は何も言わず、さようならをしたかった」
俺の心を探るように、それでいて決め付けていた。
ならば俺も言ってやる。
「…それで、が俺のことが好きになったのは、セックスをする前か後か？」
突然のダイレクトな質問に、らしくもなく顔を赤くする。
「も、もちろんセックスする前からよ。クロロの仕事をするようになってからすぐに好きになったの。だからセックスもOKしたんじゃないの」
「何だって！一年も前からじゃないか。どうして俺に好きだと言わなかったんだ？」
「だってクロロにはたくさんのセフレがいるって、シャルが言ってたから。それに私のような性格のキツイ女は、クロロは嫌いだって。でもセックスするようになってから、もっとクロロのことが好きになって…クロロだけよ。私をこんな気持ちにさせた男性は」
の顔が沸騰しそうなほど赤くなっていた。
その顔に偽りはないだろう。
嬉しさのあまりアームチェアーから腰を浮かし、正面に座るの手を握っていた。
そして目を大きく見開いたに口付けた。
それにしてもシャルナークの野郎、何てことをに吹き込んでくれたんだ。
確かに俺の女癖はいいとは言えないが、おかげで俺達は随分と遠回りをしてしまったようだ。
その後、どうなったかって？
は念能力に封印をしてしまい、失せもの屋稼業を引退してしまう。
そして俺達は念願かない、一緒に住んでいるわけだ。
身近に互いの体温を感じられるように。
「それでクロロ、これから古書を探すのはどうするつもり？」
「そうだな。シャルナークをいつも以上にこき使ってやる」
大好きなに要らぬことを吹き込んだお返しだ。
俺達が楽しんでいる間、しっかりと働いて貰うさ。
俺はベッドに仰向けになり、下腹部で上下に動くを見上げていた。
の艶めかしい姿態に目を細める。
相変わらずベッドでは主導権は握られたままだった。
今ではに翻弄されることが楽しくてしょうがない。
逝かされることを生かし、毒を食らわば皿までも……
End
2018/03/09 改稿
2008/09/04 加筆・修正
2007/11/30
Back知り合いのモテ男君が話していた女性観が元ネタ。
初稿をＵＰした時、空白文字のトラブルが発生していることに気が付かなかった。空白文字とは、なんらかの理由で行ごと紛失してしまうアクシデント。行でなくても部分的に文字が失われる場合もあり。当サイトではよく起こるトラブル。ベースにしているファイルが破損しているらしい。今回はラスト２０行が、きれいに紛失！オリジナルのファイルには問題ないのだが……。知らずにＵＰすること一週間。他所のＰＣで見直して、トラブルに気が付く。これではオチが分からずじまい。どうしても問題が解決できず、一時リンクを外すことに。今回新たにファイルを作り直し改稿。
しかし空白文字って、何故発生するのだろうか？今のところ解決出来ないアクシデントだが、最近判明した一つの原因は、ルビに修正を加えると起こりやすい。