ホームの広間に使われている壁に、不思議な正の字が目の高さくらいに刻まれている。
１年ほど前から２列に並んだこの正の字は、徐々に増えていた。
取り合えず上の段は２５で、下の段は１５で区切りよく止まっている。
正正正正正
正正正
「ねぇマチ、これって何かしら？前から気になっているんだけど……」
不可解な顔をしたパクノダが、壁を指差しながら言った。
「実はあたしも気になっていたんだ。たまに増えているし、一体誰がこんな落書きをしているんだか」
「そうなのよね。字画が一本ずつ増えているところをみると、字を表しているのではなく、数を表しているようだけど……」
パクノダとマチはが不思議そうに首を捻る。
すると悩んでいる２人の前にシャルナークがやって来た。
２人が話していた壁のところまで来ると、おもむろにジーンズのポケットから小型のナイフを取り出す。
そして下の段の字の右端に刻みを一つ増やし、１６とした。
「シャル、あんっただったの。それ何なのよ？」
目の前で刻まれた線を見ながらパクノダが訊ねる。
「ああ、これ……殺した人の数さ」
「殺した数！？それにしては少なくないかい。今年１年にしたって、終わりに０を付けても足りないくらいだろ」
マチが納得できぬと怪訝な顔をする。
「違うよ、仕事で殺した数じゃない。プライベートで殺した数さ。それも女の子限定だけどね」
「……」
「正確には付き合った女の子の数と言うべきかな」
「……」
「付き合って３ヶ月もすると、女の子が恋人きどりで何やかんやと縛ってくるんだ。ウザイから『別れよう！』 なんて言ったら話しがこじれるだろ？だから手っ取り早く殺すことにしているんだ」
「……」
「因みに上の段は団長の殺した数さ」
「……ちょっと待ちなよ。それでは計算が合わないじゃないか。３ヶ月に1人殺すなら、１年で４人か５人がいいところだろ？」
計算の合わぬことに、マチとパクノダは眉を顰めた。
「マチ、それは計算の方法が違うよ。付き合っている女の子は常時４～５人いるから、これでいいのさ」
『いいのさ』 って簡単に言う問題か！？
マチとパクノダは眉間に深いシワを寄せる。
「俺はもっぱらアンテナを刺して自殺に見せかけるんだ。ビルの上から飛び降りるとか、手首を切るとか。どうせ死ぬなら一方的に殺されるより、この方が女の子も幸せだろ？」
「……」
「これでも女の子達のリクエストには最大限応じているんだ。仲がいい時にさ、『もし俺が別れようって言ったらどうする？』って、一応訊いておくんだ。すると大抵は泣きながら、『ビルから飛び降りる！』って答えるんだよね。中には『シャルと行った冬の海に身を投げる』てのも有ったな。俺、本当に操作系で好かったよ」
少し照れながら、嬉しそうにシャルナークが言う。
ボケ！！一度死ねや、シャルナーク！！
完全に呆れ顔の二人にお構いなくシャルナークの話しは続く。
「団長なんか１日に２人も殺したことがあるんだぜ。酷いよな！鬼畜だと思わない？」
お前がそんな事を言える立場か！
「団長は気に入らないと即行で殺しちゃうから。ベンズナイフで喉を一掻きさ。あの人には我慢ってものが無いんだよね」
シャルナークは自分の喉に手をあて、掻き切る仕種をする。
「もしかして、最近ちまたで話題になっている美女連続殺人事件の犯人って……」
パクノダは顔を強張らせた。
「御名答、あれは団長さ」
二人は言葉を失っていた。
考えてみれば殺された女達は黒髪に黒い瞳、華奢で小柄だった。
アイジエン大陸系の美人揃いだ。
いかにも団長好みで趣味が統一されている。
明らかに女達を自分から狩に行っている。
つまり それ用に『ナンパ』した訳だ。
それに反し、シャルナークは女の趣味が統一されていない。
グラマーな金髪の年上美女がいるかと思えば、華奢で黒髪のかわいい年下の娘もいる。
どちらかと言うと『ナンパ』されるタイプだ。
外見だけを見ていれば、母性本能をくすぐるタイプ。
本当はとんでもない野郎なのに！！
マチとパクノダがシャルナークを睨みつける。
この！！！全世界の女の敵め！！！
そんな２人の怒りを知ってか知らずか、
「でもね、俺も団長も１年以上付き合っている女の子がいるんだ」
「……」
「すごく可愛くてさ、なんなら携帯見る？」
シャルナークは嬉しそうにカメラアルバムを見せる。
メモリー全てが彼女の微笑む写真で埋め尽くされていた。
このうえなく幸せそうなシャルナークの顔が少し不安そうになる。
「……この間、彼女が笑いながら『もし私と別れてと言ったらどうする？』って、真剣に訊くんだ。考えられないよ！彼女のいない世界なんて！」
「……」
「当然言ってやったよ、『死んでやる！』ってね」
マチとパクノダは顔を見合わせる。
自己中もいい加減にしろ！！地獄に落ちろ、シャルナーク！！！
計算のできる男に計算のできぬ女
計算のできる女に計算のできぬ男
成り立つ計算式、成り立たぬ計算式
時として愛は数字に変わり計算される
清算という数式に
End
2016/06/30 改稿
2009/03/17 加筆・修正
2006/11/20
Back利己主義なシャルナーク。私の中で甘いイメージの強いシャルナークの、ダークな部分を出してみた。たまにはこんなシャルナークも好いかと思うのですが。