まずは爪を剥がそうか……
それとも鞭で打とうか……
焼けた火箸を押し付けようか……
どうしたら本当のことを言ってくれるのか
私は優しく貴方の耳元で尋ねる
臙脂色に染まった夕暮れがホームを包み込む。
珍しくフェイタンが広間に置かれた共有のパソコンを不慣れながらにいじっていた。
真剣にディスプレイに見入るフェイタンは、背後から近付いてきたシャルナークに気が付かない。
あまりにもフェイタンが無防備で、何に集中しているのかシャルナークは不思議に思い、そっと後ろか覗き込む。
そこには過激な文字が書かれていた。
♠ 今週の拷問特集
♦ 今月の拷問ランキング
♥ 貴方が選ぶ拷問女王
♣ Q&A 短時間で白状させる方法を教えて？
♠ 一つ上の拷問をあなたに伝授！痕を残さぬ拷問とは
♦ 拷問ファッションを語る
「ウェッ！随分えぐい内容だね」
シャルナークは眉間に深い皺をよせて言うが、声は楽しそうである。
不意に背後から声をかけられたフェイタンの驚きは半端でなかった。
細い目を最大限に開き、開いた口からは心臓が飛び出しそうな顔をしていた。
「……シャル。お前はワタシを殺す気あるか！」
「まさか。まともに戦ったら、フェイタンに勝てる気はまったくしないけど。それより、何か面白そうなものを見ているようだけど」
「あー、これあるか。これは『拷問の友』と言う、拷問の世界では有名なサイトね」
「……拷問の世界？」
落ち着きを取り戻したフェイタンがしれっと答えた。
「それでプロのフェイタンにとって、何か参考になるようなことでも書いて有るの？」
「ふっふっ、所詮こいつらはアマチュアね」
フェイタンが小馬鹿にしたように笑う。
当然である！一般社会に拷問のプロが当たり前のようにいたのでは堪ったものではない。
「この連中、拷問をＳＭと混同しているところがあるね」
「ふ～ん、つまり 『拷問ごっこ』 てわけだ」
シャルナークがけらけらと笑う。
「でも見ているからには、何かフェイタンの興味をそそるものがあるんだろ」
爽やか青年が核心を突いてくる。
フェイタンは後ろに立つシャルナークに振り返り、にやりと笑う。
「当たり前ね」
そう言うと、一つの項目を指差した。
♥ 拷問の友募集
「拷問友達って！？」
「ふっふっ、このサイトの一番人気コーナーね」
フェイタンはパスワードをすらすらと入力していく。
パスワード！？フェイタンの奴、かなりアクセスしているんだ！
入力したパスワードを確定すれば、男女問わずのハッテン場が現れる。
シャルナークは興味をそそられ、身を乗り出すようにフェイタンの横に立つ。
フェイタンは迷うことなく女性会員の自己紹介ページを開き、好みの女を探すために片っ端からマウスをカチカチとクリックする。
雑多多様の中で、二人の目が同時に止まった。
♀魔愚堕羅のマリア 会員ＮＯ Ｆ-３５１
18歳になり、やっと正会員になることが出来ました。
当方、裏攻め専門です。
でもこれからは表にも挑戦したいと考えています。
優しく表攻めを指導して下さる年上の方と、まじめなお付き合いを希望。
まだまだテクニック不足の私ですが、一生懸命がんばります。
「優しくて拷問上手？確かに教えて貰うなら、優しく教えて貰った方が楽しいとは思うけど……」
少しウェーブのかかった金髪のショートヘアーに、濃いブルーアイ。
つんとした鼻筋に、ふっくらとした唇。
幼さの残る愛らしい顔立ちのくせに、書かれた３サイズはなかなかのもの。
「ちょっと信じられないな。こんな可愛い娘が拷問マニアだなんて」
「シャルの女を見る目もまだまだね。 こういうのか結構いけるある。テクニックを 仕込むなら出来るだけ早い方がいいね。ワタシが一流の拷問プロに育てるよ」
にやにやと笑うフェイタンの中で、マリアと付き合うことは確定のようだった。
そのことにシャルナークが異を唱えるつもりはない。
「ところでさ、この裏攻め専門て何さ？何だかとてもやらしい感じがするんだけど」
他の自己紹介文にも、裏だの表だのと書いてある。
シャルナークは興味津々で訊ねた。
「肉体を拷問するのが『表』ね。精神を甚振るのが『裏」ある」
フェイタンはそんなことも知らないのかと、呆れ顔になる。
そんなことは気にも止めず、知識の吸収はここぞとばかり、シャルナークは質問を続けた。
「でも拷問する側だけがいても成立しないわけでしょ。拷問される側はどうやって確保するのさ？ＳＭみたいに相方が存在するわけ？Ｍな奴だったら世の中に、けっこういるとは思うけど」
「Ｍ？お前は冗談を言っているか？これだから素人は困るね。拷問はＳＭとは違うある。拷問してＭを喜ばせてどうするか？」
フェイタンが理路整然と説明を始める。
世の中に拷問と見せかけたＳＭプレイは存在する。
それはあくまでもプレイであり、拷問の訓練としてＭに協力して貰うことは外道とされている。
なぜなら痛みをを喜ぶ相手をいたぶったところで、拷問としての意味がないからである。
だが世の中とは面白いもので、金次第で自分の体を売る者がいるのだ。
よほど金に困っているのだろうが、拷問マニアはそんな奴らを金で買う。
つまり一般社会の拷問マニアとは、金持ちの歪んだ道楽なのである。
逆にマフィアなどのギャング組織は、拷問テクニックが徒弟によって受け継がれていく場合が多い。
どこに痛みを与えれば効果的なのか？殺さず生かさず、ぎりぎりのところで傷みを与える古参の実技を目の前に、新参者は学ぶ。
あくまでも拷問は、何らかの秘密を白状させるということに目的があるのだ。
そしてフェイタンには天性の拷問者としての才能があった。
目的のためなら手段を問わない冷徹さに、肌理細かく人の反応をチェック出来る注意深さを兼ね備えている。
説明を真剣に聞いているシャルナークを横目に、フェイタンの手は相手のメールフォームに書き込みをしようとしていた。
その時だった、背後から抑えた低い声がかかる。
「おい、シャルにフェイタン。一体何を真剣にやってんだ？」
長身の身体をくの字に折り曲げ、フィンクスがフェイタンとシャルナークの間からディスプレイを覗き込む。
画面には魔愚堕羅のマリアが映されていた。
「なんだ、この女！？マリア＝カラットじゃねぇーか」
画面の女を見てフィンクスがしれっと言う……それも女の名前をフルネームで。
「……なんでフィンクスが知っているあるか？」
「何でって……こいつなら、数日前に俺が殺っちまったぜ」
「！！！！！」
予想だにしなかった答えに、フェイタンは呆然とする。
「どういうことさ、フィンクス！？」
あまりの展開に、シャルナークも驚きを隠せない。
「この女、２ヶ月前に俺をナンパしてきたんだ。ガキのくせに年上の男を手玉に取りやがって。放蕩娘が、男遊びは相当なもんだぜ。先日誘われてラブホに入ったんだが、俺が浮気しているんじゃないかって、急に騒ぎ出しやがって。『白状しろ！』って鬼の形相で、いきなり俺の爪を剥がそうとしやがった。
だからついかっとなって殺っちまった。 まっ、普通に言うところの正当防衛ってやつだな」
当然だと言わんばかりにフィンクスは頷く。
「それで、フィンクスは浮気したの？」
シャルナークの質問に、フィンクスはだまって着ていたジャージの上着を脱ぐ。
そしてくるりと向きを替え、露出した逞しい背中を見せた。
肩甲骨の少し上、自分では絶対に付けられないであろう位置に赤い花弁が散っている。
すでに消えかかってはいるが、付けた相手が所有権を主張するかのように、御丁寧に歯形まで残っている。
フィンクスに言わせれば、花弁を散らした相手が長年情を交わしている相手で、殺してしまったマリアの方が浮気の相手だったと言うのだ。
年甲斐もなく若いマリアに舞い上がり、後先考えずに付き合ってしまった。
女の勘とは恐ろしいもので、男の微妙な変化を見逃さない。
長年情を交わした女はフィンクスの些細な変化に気付き、ちょっかいをかけて来た女に無言で効果的な抗議をした。
フィンクスも長年の女との情交で、強く噛まれた痛みは感じてはいたが、若い女に『寂しいの。貴方と思いっきり愛し合いたいの』などと、甘く舌っ足らずな言葉を電話で言われれば、情交の後でものこのこと、足を運んでしまう悲しい男の性。
その結果……
フェイタンは完全に呆れていた。
「マリアは惜しいことしたね。 ワタシと先に付き合っていれば、フィンクスに女の名前を白状させるテクニックを、教えてやったあるのに」
「本当だね。でもそれって、２人がマリアを挟んで兄弟になるってことじゃないの？それにしても裏攻め専門て書いてあるんだから、精神的拷問をフィンクスにかければよかったんじゃないの？でもフィンクスが事実を言えば、自分が浮気相手だと知るだけのことだけどね」
「……」
シャルナークが悪びれずに言うと、フィンクスは二人の指摘にばつが悪そうに頭をボリボリと搔く。
そして３人は何事も無かったかのように、女達の自己紹介ページを見ていく。
もちろんこの後、３人の会話が盛り上がったことは言うまでもない。
『 拷問の友』それはなんと甘美な名称か……
End
2016/07/01 改稿
2009/03/17 加筆・修正
2006/12/06
Back私のイメージでは、フィンクスは硬派で好きになった女性を裏切らない！てなイメージなんですが……
改稿時、かなり書き足しました。