幻影旅団 20
警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。



　秋の雨が降り続いていた。
そのせいで河の水量が増え濁流となり、船は連日欠航。
おかげで船着き場の小さな宿は満杯で、六人は狭い一室に閉じ込められていた。

「どうしたんだろう……」

シャルナークはキーボードを打つ手を休め、声がした方に振り返る。
そこには壁に掛けられた鏡を覘き込むシズクの姿があった。
シズクは黒いハイネックの襟を指先で肩まで下ろし、白い首筋と肩の一部を露出させ、鏡に映る角度を色々と変えていた。
何事かとシズクを見つめるシャルナークの目が、大きく見開かれた。
そこには薄いローズピンクに染まる花弁が点々と散っている。

「私、どこでこんな痣を付けたんだろう」

シャルナークは恐ろしく間抜けなシズクの疑問に、思わず勢いよく椅子から立ち上がって答えた。

「……それ、痣じゃないよ。それはキスマークだろ」
「キスマーク？」
「えっ！なに惚けているんだよ？そんなところに自然に痣が出来るわけないだろ」
「……」

シャルナークは何気なく言った言葉に気まずさを覚えた。
シズクだって男の一人や二人、いたっておかしくないはず。
だが問題なのは、シズクがそのことを憶えているかどうかだ。
二人の会話に興味をそそられたのか、部屋の隅でゲームをしていたフィンクスとフェイタンが話しに加わる。

「おい、シズク。そのキスマーク付けた奴って、どんな奴だ？」

興味津々のフィンクスが身を乗り出し、遠慮のない質問をした。
するとシズクは少し考え、

「記憶にありません。でも、とても気持ち良かったことだけは記憶しています。そう言えば気持ちいい思いをした後で、よくこの痣が身体に付いているんですよね」
「だからそれは痣じゃなくて、キスマークだとシャルナークが説明しただろう。もう忘れちまったのかよ」
「これ、キスマークって言うんですか？」
「そうだ。キスマークはナニの最中、相手が所有欲から付ける印だ。つまりシズクには、そういう深い仲の男がいるってことだ。もしかすると、一晩限りの野郎かもしれないけどな」
「私に深い仲……」
「チッ！本当に憶えていないのかよ。散々いい思いをしたんだろうが。そのキスマークだって、肩の周りにあるだけじゃないだろ？」
「…そうですね。ブラジャーに隠れていますが、胸の周りにも幾つかあります。以前は太腿の内側に付いていたことがありました」
「そこまで憶えているのなら、何で男のことは憶えていないんだ。その痕跡から考えれば昨夜のことだぞ」
「つまり相手のことは憶えていなくても、身体は憶えているということあるね」

フェイタンの鋭い突っ込みに、ジッと話しを聞いていたフランクリンが呆れたように言った。

「いい加減にしろ。シズクにだってプライベートってモノがあるんだぞ」
「はいはい」

フィンクスとフェイタンは声を合わせ、お手上げポーズをしたかと思うと、再びゲームをするためにコントローラーを手にする。







　幻影旅団のメンバー六人が、船着き場の木賃宿に集結していた。
目的は河の中州に建つ城にあった。
城はこの地方を代々支配する豪族のモノ。
動脈である河の利権を手にし、船による物流に高い税金をかけ、長きに渡って富を得ていた。
中には上納と称し、絵画や調度品などの芸術品を盗賊まがいに強奪。
その中に、クロロとシャルナークが探していたお宝があった。
城の宝物庫は先祖の念能力者による死後の念で守られ、正当な血を引く城主でなければ立ち入ることが出来ない。
その城主が跡目争いで決まらず３年も揉めていたが、ここ数日中に主が決まりそうだという情報を得る。
決まれば城の塔の煙突から白い狼煙が上がり、対岸の城下に新しい主が決まったことが知らされる。
それに乗じて新しい城主に宝物庫を開けさせようという計画だった。
そのために数日前からこの木賃宿に、幻影旅団のメンバーが集まり始めていた。
二日前にフィンクスとフェイタンがやって来たことを皮切りに、シャルナーク、フランクリンと続き、今朝がた団長であるクロロがやって来る。
そして昼少し前に、今回のメンバーであるシズクが最後にやって来た。
これでメンバ全員が揃ったわけだが……



　窓の外には雨で煙る河。
遠くに霞んで見える要塞のような城を見ながら、シャルナークが小さな声で言った。

「……相手は誰なんだろうね」

するとゲームに飽き、胡坐をかいてエロビデオをタブレットで観ていたフィンクスとフェイタンが、すぐ横に立つシャルナークを見上げる。

「なんだ、シャル。窓際に立って城の方角を見ているから、てっきり仕事の事を考えているのかと思ったぜ。でも…だよな。シズクの相手が誰だか気になるよな」
「……そうね。それでなくてもシズクは謎が多いあるね」

間髪を入れず、フェイタンが核心を突く。
マチやパクと違い、後釜で入団したシズクの行動には謎の部分が多い。
しかも忘れっぽいのは天下一品で、一度忘れたことは二度と思い出さない。
マチとパクは子供の頃からの付き合いなので、二人でショッピングをしたり旅行に行ったりと楽しんでいるが、シズクは仕事で顔を出す以外は何をやっているのか不明。
シズクがどんな日常を送っているのか興味はないが、下世話な話しとなると興味が湧いて来るのが人情というもの。
先ほどキスマークという生々しい爆弾を落とした本人は、部屋の隅で毛布にくるまり軽い寝息をたてている。

「…かなり疲れているみたいだね」
「あぁ、そのようだな。昨夜はだいぶ頑張ったんだろ」

シャルナークとフィンクスが声を潜め、シズクを興味深く見ていた。

女だって性欲があるのだから、それを解消したいと思うのは当然のこと。
特に仕事前は妙な興奮を覚え、シズクがそのために性欲を発散させたとしても不思議ではない。
男共も仕事の前は、抜いたりナンパをすることが多い。
現にフィンクスとフェイタンはここへ来る途中、手っ取り早く女を買っていたし、シャルナークは町で知り合った女の子と一晩のアバンチュールを楽しんでいた。



「いったいシズクの男って、誰なんだ」

フィンクスがボソリと言えば、

「……もしかすると相手は男じゃなくて、女って可能性もあるよね」
「まっ、そういうこともゼロではないある」
「それはそれでエロくていいな。可愛い女が絡んでいる姿は絵になるからな」

ニヤついていた三人の顔が、突如真面目な顔へと変わる。
用を足しに部屋を出ていたフランクリンが戻って来たのだ。

「……なんだお前達。またシズクの話しでもしていたのか？」

三人の雰囲気を察したフランクリンが、再び呆れ声で言った。
そして舌を出し、首を竦めたシャルナークを見ながら、

「団長。この連中に何か言ってやってくれ」



　団長と呼ばれても反応がないことに四人は訝しく思いながら、先程までクロロが本を読んでいた場所に目を移せば、そこには誰も座っていない椅子がポツンとあった。
慌てて部屋の中を見回せば、柱の陰にひっそりと佇むクロロの姿。
何事かと四人でクロロの許へ駆け寄れば、窓の外をじっと眺めるクロロ。

「どうした、団長」

フランクリンの問いかけに、クロロがニヤリと笑う。
クロロの見つめる先を追えば、雨でぼんやりとした景色の中に微かではあるが白い煙。
その白い煙はモノクロームの世界で徐々にはっきりとした形を成してゆく。

「どうやら決まったようだな。雨が止み乗船可能になり次第、中州に渡るぞ」

クロロの一声に蜘蛛が嬉々とする。
先程までのバカ話しも過去の話し……








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End

2017/11/01　

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最初はシャルナークの短編でしたが、わらわらと団員出て来るので、幻影旅団の短編に変更しました。よく考えれば月餅トリオだった……