土曜日の昼さがり、高層ビルの立ち並ぶオフィス街を、ボクは一人で歩いていた。
大半のビルは低層階がショッピングモールで、高級ブランドや話題の店も多いことから人で溢れ返っている。
ボクは行きつけのテーラーでスーツを注文し、食事でもして帰ろうかと考えていたが、うんざりする人の多さにボクは辟易としていた。
そんな中、たまたま天を見上げた一人の中年女が悲鳴を上げた。
連鎖するように天を見上げた人々の顔が引き攣る。
つられて一緒に見上げるよりも、ボクは恐怖に顔を歪める人間を見ていた方が面白い。
宙を指差し、口をあんぐり開けている老年の男。
顔を強張らせて恋人らしき男にしがみ付く若い女。
驚きのあまり携帯を落としてしまった少年。
その驚愕ぶりを様々に人々は表現している。
まるで百面相の品評会のようだ。
滑稽さに噴出しそうになるのを堪えながら、ボクも首をのけ反らせ天を仰ぎ見る。
摩天楼の隙間から、モザイクのように見える青い空。
おや珍しいこともあるものだ。
『今日は、所によって人が降るでしょう』とでも、朝の天気予報は言っていたっけ？
しかもボクの頭上と来たもんだ。
めったに見られぬ光景を、ボクは幸運にもボクの頭上に見る。
はるか上、落ちてくる人間の顔がやけにはっきりと目に入った。
これから路上に叩き付けられる恐怖のためか、目をしっかりと瞑り歯を食いしばっている。
ふ～ん、男の子？女の子？
どちらとも取れる可愛い顔が、迫りくる死の恐怖に硬直して歪む。
外見からでは判断出来ぬ容姿と服装に頭を悩ませながら、ボクは両腕を高く上げた。
女の子だったらキャッチ ♡ 男の子だったら腕を下して通り過ぎるだけ♤
その素敵な賭けに胸を膨らませ、落ちてくる物体に食い入った。
人が死ぬ瞬間の表情なんか散々見てきたが、自ら命を断つ人間の表情を目にするのは珍しい。
いつもなら殺されることに脅え慄く顔か、己を知らぬ愚かな挑戦者の断末魔しか見たことがない。
たまさかとはいえ、実に興味深い顔を目の当たりに出来た。
覚悟を決めて宙に舞ったはずなのに・・・ あぁ、一粒の滴が固く閉じた目頭に滲む。
だがそれは風圧のために一瞬で消し飛んだ。
何故もそんなに患苦する。
キミは何らかの苦しみから解放されるため、飛ぶことを選んだのではないか。
切れるような風圧のために生理的に流した涙なのか、永遠の決別のための涙なのか・・・
それとも後悔の涙だったのか？
そんなことはボクが知るよしもない。
ただ天に向かい、高く上げた両手の間に伸縮自在の愛をネットにして張る。
・・・３、２、１、０！！
腕の付け根にまで伝わるはずの衝撃は、伸縮自在の愛によって和らげられる。
ガムは一度大きく沈み込み、小さな身体を頭からキャッチした。
それはボクの視線より下まで落ちて行き、腰あたりでぐっと踏ん張る。
今度は再び元へ戻ろうと、ゴムの習性で強く跳ね上げられた。
小さな悲鳴と共に勢い良く身体は舞い上がり、宙で綺麗に１回転をする。
ぱっと見開かれた大きな青い瞳に、笑うボクが映りこむ。
念能力はすぐに解除して、胸のところで両腕を広げ、再び落下してきた少女を両手でしっかりと受け止めた。
ボクの手は、服の下に隠れた小さな胸の膨らみに触れていた。
腕の中にはボクを呆然と見上げる可愛らしい顔。
脱力してしまった身体をボクは抱きしめながら、何事もなかったかのように微笑んだ。
僅か２、３秒の出来事。
一般人にボクの伸縮自在の愛が見えるはずもなく、何が起きたのか誰も分からない。
そこにあるモノは、天から降ってきた子供をボクがキャッチしたという事実のみ。
・・・周りから漏れる安堵の溜息。
驚愕のため、一瞬止まった時がすぐに動き出す。
足を止めていた周りの人間共は、何も無かったかのように歩き出していた。
取り残されたように立つボクは、お姫様だっこしていた少女に話しかける。
「やァ、ご機嫌はいかが？空中散歩は楽しかったかい？」
魂を抜かれたような顔は口を半開きにし、目を大きく見開きボクを凝視する。
「キミ、勇気があるねェ～♡」
自ら命を断つなんて、ボクには到底出来ぬ選択に馬鹿らしさしを覚えてしまう。
何故ならば、この世はなんて素敵で面白いことか。
青い果実とどこで出会えるのか、熟れた果実をどこで握り潰すのか。
そのためなら、自分の腕を蜥蜴のごとく切り落とすなんて朝飯前のこと。
だがそれは戦いを楽しむためのエッセンス。
勝利するための前戯にしか過ぎない。
ボクにとって己を傷つけるのは、生への執着であり自慰行為。
次の楽しい戦いをするための前奏曲。
青い果実を育て、食らうことが至極の楽しみ。
それに対しこの少女は・・・
「ねェ、もう一度飛んでみるかい？」
その一言が、少女を我に返らせる。
ひくっと息を飲み込んだかと思うと、首をぶんぶんと左右に振った。
そして落下の恐怖を思い出したのか、強張った顔をボクの胸に押し付けてくる。
まるで金糸のような髪に顔を埋めんばかりに、ボクは少女の耳元で囁く。
「そうか、良い子だねェ♡ ボクと一緒に来るかい？どうせキミは一度死んだんだ。何も遠慮することはないだろ」
少女は顔を起こし、涙を浮かべてボクの顔を覗き込む。
「ボクが世界で一番楽しいことを教えてあげるから♡」
そう言って少女を歩道に下ろせば、ボクの服の裾を強く掴んでくる。
ゆっくりと差し出した手に、飛びつくように小さな手がボクの指を握る。
精一杯握る手を軽く握り返してやれば、少女の顔から愛らしい笑みが零れる。
「さァ、行こうか」
二人仲良く手を繋ぎ、その場を後にする。
可愛いキミが二度と飛ばなくてもいいように、クックックッ、ボクがキミを愛してあげるから。
あれから５年・・・
飛んだ理由など、少女は疾うの昔に忘れてしまっている。
憶えていてもしょうがないほど毎日が刺激的で、楽しく変化に富んでいたから。
当時は男か女か見分けもつかなかった身体が、今では丸みを帯びた艶のある女へと変化しようとしていた。
キミは随分と大人になった。
誰がしたって・・・そりゃあボクがしたに決まっている。
いつも楽しそうに笑い、ボクのために最高の声で啼き喘ぎ、 生性を謳歌する。
二度と飛ばなくていいようにキャッチしたはずの身体は、今ではボクの心をしっかりとキャッチしていた♡
欲求不満の狂詩曲地下格納庫 ◇ 午後の練習曲地下格納庫
（地下格納庫へは、ここからではリンクいたしません）
End
2016/12/09 改稿
2009/03/12 加筆・修正
2008/05/08
Backたまにはこんなヒソカもいいかなと思ったりして。あえて少女の台詞は無しにすることに。