「ヒソカ、いったい何を考えてるのさ！」
「考えるっていうより、気分を害したっていう方が正確だけどね」
ヒソカは口角を上げて笑う。
「そこをどいてくれないかな。さっさとその男を殺したいんだけど」
「はぁ～！？だから、この男がアンタに何をしたっていうのよ！」
プリシュナの目が、怒りのために吊り上る。
（（いいねぇ～、その顔……たまらない））
訳もわからずいきなりボクに攻撃をされ、腰を抜かしてしまった色男。
ズボンの股間が、ジワリと滲む。
男は呆然と、ボクとプリシュナの会話を聞いている。
「当然だろ。この男はボクの女に手を出したんだから、それなりの覚悟はあってのことだろ」
「ボクの女？いつ私がアンタの女になったって言うのよ！」
プリシュナは地べたにへたり込んだ男の前に、勇敢にも立ちはだかっていた。
深夜、人気の無い公園。
プリシュナは偶然にもデートの最中、不幸にもヒソカと出会ってしまう。
二人の目が合った瞬間、ヒソカの攻撃が始まった。
スナップを利かせ、次々と刃物のように、男に飛んでくるトランプ。
プリシュナは男の前に立ちはだかり、手にしていたハンドバッグでトランプを叩き落す。
いきなり始まった目の前の攻防に、男は驚き、ヘナヘナと座り込んでしまう。
そんな男を無視し、二人の戦いは勢いを増す。
プリシュナは男を守るため、紙一重でヒソカの攻撃を交わしていたが、タイミング悪く頬を薄く切り裂いてしまう。
筋のように流れ出る血……
その血を拭うこともせず、プリシュナは男のために戦う。
それをあざ笑うかのように、ヒソカは目を細めた。
プリシュナはヒソカの十八番、バンジーガムを付けられないように、細心の注意を払う。
女は強化系の念能力者だった。
得意なのは接近戦。
ヒソカの隙を見て、ヒソカの懐に飛び込む。
まともに蹴りやパンチをくらえば、いくらヒソカでもダメージは大きい。
縦横無尽に体術で攻撃してくる女を、ヒソカは巧みに交わす。
女の瞳は怒りに燃えていた。
（（最高だよ、その目……プリシュナ、キミを壊したい……））
二人の凄まじいオーラがぶつかり、周りの空気が震える。
公園の木々が激しくざわめく。
哀れ腰を抜かした男は逃げることも出来ず、酸欠を起こした魚のように、口をパクパクとさせる。
どうやらピエロのような格好をした男の目的が、自分であることだけは理解した。
小一時間前、恋人であるプリシュナと、ホテルで過ごした情熱的な時間。
余韻も冷めやらぬ帰り、通り道となった公園をプリシュナと腕を組み、彼女を家に送って行く途中の出来事だった。
突如襲って来たピエロのような男の動きも尋常ではなかったが、先ほどまで愛を交わした女の豹変ぶりにも驚愕した。
スポーツとは縁のない、華奢な肉体をベッドの上で晒し、切ない声で啼いていた女が、今や一流のアスリート以上の動きで、ピエロのような男と戦っている。
否、二人は人間離れした動きで戦っているのだ。
男は無意識に二人の動きを追おうとするが、スピードの速さに目が付いて行かない。
ヒソカはプリシュナの鋭い蹴りを交わし、男の許へと一直線に走る。
疾風のごとく……
一瞬で、男と顔がぶつかる距離に詰め寄る。
驚きに見開かれた男の目……
冷やかに笑ったヒソカの指先には、鋼鉄をも切り裂くトランプが挟まれていた。
！！シュッ！！
空気を切る音と、男が腸をぶちまけるのは同時だった。
血飛沫が飛び散り、男の身体が血の海に崩れて行く。
「！！ミック！！」
プリシュナは愛おしい男の名前を、喉が裂けんばかりに叫ぶ。
目には涙を浮かべ、がっくりと膝を地面に落とす。
愛する男を守ることが出来ず、プリシュナの顔に絶望感が広がる。
がっくりと肩を落とすこと数分。
プリシュナは急激に冷めて行く。
熱を失った女は膝の泥を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。
泣いていたはずの顔が、官能的な笑みを浮かべていた。
プリシュナは微笑みながら、絶命した男の横に立つヒソカに話しかける。
「……ヒソカ、これで何人め？……私の男を殺すのは」
「そんなこと、忘れたよ。でも、こうしないと燃えないんだろ、キミは。こんなこと、いい加減にしたらどうだい？大して好きでもない男と付き合うのは。まっ、けっこうボクも楽しめるから、これはこれでいいけどね」
「そうね……悪い趣味だと分かってはいるけど、性癖だからしょうがないの。次の男はイケメンでなくてもいいから、もっとエッチの上手い男と付き合うことにするは」
「……」
「次もまた、お願いね♪」
プリシュナは恋人を守っている時、最高の喜びと興奮を感じる。
愛のために戦っているのだと、自分に酔いしれることが出来た。
倒錯愛……戦う相手は、元自分の恋人という設定であれば尚更だ。
過去の男が自分に未練を残し、現在の彼氏の命を狙う。
倒錯した愛情が、この上ない情熱となる。
全ては自己愛が生み出す自慰行為。
当然ヒソカとプリシュナは付き合ったことなど無かった。
雇い主と暗殺者、ただそれだけの関係……
この公園も、プリシュナの父親が個人所有する私的なモノ。
朝が来る前に、何事もなかったかのように、男の遺体はキレイに片付けられているはず。
前回は、やはり父親の所有するクルーザーの中での戦いだった。
更にその前は、同じく父親の経営する高層ビルでの戦い。
可愛い娘のために、父親は協力を惜しまない。
「ありがとね、ヒソカ。お金はいつものとおり振り込んでおくから♪」
プリシュナは臓物をばら撒き、血の海に横たわる男を、鼻歌まじりで軽く飛び越える。
ヒソカは満足気に去って行くプリシュナを見送りながら、
「クックックッ、キミって、完全に逝っちゃってるよね」
こちらもまた、実に楽しそうに笑う。
すでにヒソカは、プリシュナの男を６人殺している。
つまりプリシュナとは、６度戦っているわけだ。
普通に戦えば、あっけなくヒソカに殺されるであろうプリシュナ。
それが愛というテーマを与えられると、200％の力を発揮する。
否、それ以上かもしれない。
しかも戦う度にプリシュナは強くなる。
（（キミはまだまだ美味しくなれる……最高に熟れたところで、ボクはキミをいただくのさ❤））
ヒソカは楽しそうに、『クックックッ』と笑う……
END
2017/11/29 改稿
2009/03/11 加筆・修正
2006/12/21
Back付き合う理由が怖すぎる……ヒソカはヒソカらしいが……