警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
初めての経験に、最初はとまどってしまったが……
取り合えず覚えているのは自分の名前と、どうでもよい古い記憶。
肝心の一番新しい記憶は……
そう、直前の記憶がきれいさっぱり失われている。
どうしてボクは記憶を失った？
それにここはどこなんだ？
首の鈍い痛みのおかげで吐き気はするし、頭の中がじわじわと痛む。
思わず痛みを感じる首と後頭部をさすれば、ボクのふさふさした髪の中に、大きなコブを発見する。
状況を考えれば、頭に強いダメージを受けたようだ。
その衝撃が首に伝わり、頚椎捻挫もしているようだ。
なぜ……戦いになり、誰かに殴られたのか？それとも事故？
鏡の中の端整な顔には傷一つ無く、いつもどおりのボクがいる。
どうやら後頭部の一撃が致命傷になったらしい。
痛む頭を押さえながら冷静に分析出来るくせに、なぜこうなったのか理由が思い出せない。
「……それで、ボクはどうしてこうなったワケ？アウラ、教えてくれるかな」
見ていた鏡を振り返り、見知らぬ部屋のソファーに座る、愛しいアウラに訊ねてみた。
表情に困るとは、こういうことを言うのだろう。
アウラの顔が笑いを堪えているような……哀れむような……何とも言いがたい表情になっているではないか。
「ヒソカ……訊くだけ無駄だと思うけど。それに訊いたところで大した内容でもないしね。私のことを覚えていてくれただけで十分よ。いつもは不誠実な男のくせに、こういう時だけは、私の名前を憶えていてくれて嬉しいは」
アウラはぼやくように言うが、大した内容かどうかはボクが決めること。
だいたい記憶が無くなったなんて、重大事件だと思うけど。
ボクは目を細め、アウラに高飛車にお願いをしてみた。
「愛しているよ、アウラ。キミだけが頼りだ。だから、ボクの抜け落ちた記憶の中身を教えてくれるかい」
アウラが溜息を吐く。
「どうしても知りたいの？」
「どうしても知りたい！」
ボクの強い要求に、アウラが重い口を開く。
「まずアナタが居るこの部屋は、新しく私が借りた部屋。３日前に引っ越してきたばかりよ。アナタには、この場所はメールしておいたけど」
なるほどね……ぐるりと見渡し、見慣れぬ部屋に納得した。
記憶にないと言うよりも、初めて訪れた部屋だったのか。
それで？
「ヒソカったら、本当に失礼なんだもの。約束もなく、いきなりやってきてさ。そりゃあね、訪ねてきてくれるのは嬉しいわよ。でもさ、人がシャワーを浴びている時に、背後から近づくなんて最低よ」
ボクはシャワーの音に気配を消し、アウラを驚かして襲うとしたのか。
そしてバスルームの壁に彼女を押し付け、背後から……♪
いかにもボクらしくて納得だ。
アウラはボクの行為に一応抗議しているつもりなのだろうが、上目遣いのその表情は、ボクを挑発しているとしか思えない。
おかげでボクの下半身は、ズキュンさ♪
「もう、やだ！何、勃たせてるのよ、ヒソカ！」
アウラとの情事を思い出し、涎を垂らさんばかりの顔をしていたが、アウラに指摘された場所に視線を下げれば、熱くなった塊が天を仰ぎ、猛々しくも下腹部に張り付いている。
それにしても何をって、さんざんこれで身を捩り、啼いて喜んできた、キミの大好きな代物じゃないか❤
初めての経験に、最初はとまどってしまったが……
取り合えず覚えているのは自分の名前と、どうでもよい古い記憶。
肝心の一番新しい記憶は……
そう、直前の記憶がきれいさっぱり失われている。
どうしてボクは記憶を失った？
それにここはどこなんだ？
「……それで、ボクはどうしてこうなったワケ？アウラ、教えてくれるかな」
これで何回目？
だから説明しても無駄なのに。
もう２０回は同じことを繰り返し訊いているわよ。
いくら説明しても、１０秒と記憶してはいられない。
あっという間に私の回答を忘れ、同じこと聞き返す。
壊れてしまった脳細胞……軽い記憶喪失の典型的な症状。
暫らくは、新しいことは何も記憶することは出来ないはず。
私が鼻歌まじりで気持ちよくシャワーを浴びていれば、背後からいきなり腰を両手で捕まれた。
突然のことに、私は瞬時にして戦闘モード！
私だってハンターの端くれ。
腕を振り払うために腰を捻り、そのまま背後にいる暴漢の左側頭部を狙い、鋭く回し蹴り。
身体を捻りながら、視界の中に入って来たのは……
にやりと笑った暴漢者は、勢いよく跳んできた足を、楽々と頭の横で受け止める。
おかげで私の身体は左足一本で立つはめに。
右足は高く持ち上げられているものだから、
「クックックッ、いい眺めだね」
あられもない私の姿に、目を細めてにんまりと笑う顔はよく知った顔。
「何見てんのよ、ヒソカ！！」
叫び、手を振り切ろうともがけば、バランスを失った……
私は大きく後ろへと身体が崩れる。
私より先に、顔を引き攣らせたのはヒソカ。
崩れ倒れて行くその先には、壁に取り付けられた金属製のカラン。
上手く避けたとしても、硬く白い磁器タイルの壁が待っている。
どちらにしても無事では済まなかっただろう。
ヒソカは掴んでいた私の足を下ろしながら、自分の元へと引張る。
弧のようにしなう私の身体。
おかげで崩れかけた身体は何とか立て直すが、思いっきり引張っられたために股関節がはずれそう！
痛みに顔を歪めれば、私の身体を抱き留めようと、ヒソカが一歩前に踏み出した。
庇おうとしたのに、運が悪い時なんてこんなもの。
踏み出した足の先には、液体ボディソープが垂れていた。
まるでコントを見ているかのように、私を抱き抱えたのと足を滑らせたのは同時。
今度はヒソカが私を抱きしめたまま、後方へと倒れて行く。
瞬間の出来事が、まるでコマ送りのようだった。
私は驚きのあまり目を見開き、ヒソカの顔を見れば、
「大丈夫。ボクはヒソカだからね」
と、まるで牛がゆっくりと鳴くような声で、わけのわからないことを、笑いながら言う。
ヒソカには見えなくても、私はこれから起きるであろう出来事に、顔が引き攣った。
倒れて行く彼を待っていたものは、大理石で作られた浴槽の縁。
次の瞬間、ゴッ！！と嫌な音がして。
やはりと言うか、当然と言うか……ヒソカの頭より、大理石の方が硬いわけで……
身長１８７センチ、体重９１キロの意識を失った全裸のヒソカ。
足首を持ち、私はずるずると引き摺りながら、必死に彼を居間へと運ぶ。
何とかソファーに寝かせ、急いでケガの具合を確かめる。
呼吸は正常、脈拍に異状なし。
取り合えずコブは作ったけれど、脳内出血独特のいびきもかいてはいない。
安心は出来ないけれど、大事に至らず私は胸を撫で下ろす。
ヒソカ同様全裸の私はヒソカを居間に残し、寝室へと着替えに行く。
そして着替え終わって居間に戻れば、壁に掛けられた姿見を覘き込むヒソカが立っているではないか。
僅か５分で気絶から回復したようだ。
相変わらずタフなやつ。
「大丈夫ヒソカ？どこか痛いところはない？風呂場で気絶したから、とても心配したんだからね」
と、私が神妙な顔付きで言えば、
「……それで、ボクはどうしたわけ？アウラ、教えてくれるかな」
「えっ！？」
私は初めての経験に、最初はとまどってしまったけれど……
取り合えず覚えているのは自分の名前と私の名前、それにどうでもよい古い記憶。
肝心の一番新しい記憶は……
「……それで、ボクはどうしたわけ？アウラ、教えてくれるかな」
「……」
リピートされる質問と、失ってしまった記憶。
返ることのない記憶に私は振り回される。
でも私の名前を憶えていてくれたから、何度でも質問には答えてあげる。
だって、一番愛しているヒソカのお願いだから。
END
2017/11/29 改稿
2009/03/11 加筆・修正
2006/12/21
Backヒソカ、裸のまま放置……