天空闘技場は未だ騒ぎの中。
警察に救急隊、マスコミ連中が右往左往している。
それを囲むように野次馬も遠目にスマホを構え、人垣が幾重にも出来ていた。
そんな中を誰にも気が付かれず、ボクは難なく天空闘技場に入り込む。
『薄っぺらな嘘』で顔を変えられるって、便利だ♪
さすが２００階以上のフロアーマスタークラスには、警察連中は来ていない。
上がるエレベーターの内部で顔を元に戻し、ボクのフロアーに到達した時、フロアーを管理する女の子の驚いた顔は、幽霊にでも出会ったような顔だった。
ボクの顔って、こんな顔だった？
まじまじと見る、洗面化粧室の鏡の中のボクの顔。
何だか間が抜けて見えるのは、形の良い眉毛が無くなってしまったから。
鼻筋の通った鼻は前回見た時よりも、だいぶ低くなっている。
……と言うか、鼻そのものが無くなってしまったというべきか。
顔の中央は無残にも、吹き飛ばされた鼻の痕跡を三角形に残すのみ。
セクシーだった自慢の唇は左右に裂け、爆風のためにかさつき、ひびが幾筋にも走る。
顔全体の表皮が軽い紅斑と浮腫を起こしている。
まっ、火傷Ⅰ度、悪くてⅡ度と言ったところか。
クロロによってボクを壊す命令を受けた人形共が緩衝材になってくれたおかげで、爆破役の人形による、致命的なダメージは避けられた。
もしも爆破役の人形が、壊す命令を受けた人形より先に、ボクの近くに来ていたら……ボクは完全に肉片となって飛び散っていただろう。
そうなれば、いくら死後に強まる念でも、ボクの身体を蘇生させることは不可能だった。
何しろあの窮地でボクが念じたのは、『念よ…！！！ボクが死んだ後よみがえり！！！心臓と！！！肺を！！！伸縮せよ！！！！！』
どうせ死ぬのなら、試してみても損はない。
クックックッ……こうも、上手く行くなんて♪
ある意味クロロとの勝負は、試合に負けて勝負に勝ったと言うところか。
それにしても、この程度の損傷で済んだことは、一度死んだボクとしては、運の良いことだった。
あっ……鏡には映っていなが、右脚を膝下から失ったことと、左手の指を付け根から全指失ったことを忘れちゃいけない。
ボクはだらりと下げていた両手を胸のところまで持ち上げ、まじまじと左右の手先を見比べた。
ゴムと『薄っぺらな嘘』を利用して作った義指は、先ほどから解除している。
ボクは楽器なんて演奏しないからいいが、これだと少し、お椀を持つのに不便だね。
それに大好きなステーキを食べる時、フォークで上手く肉を押さえ、ナイフで切ることが出来るだろうか不安だ。
所詮はゴムで作ったダミーだから、念を指先から飛ばすことは出来ても、本来の繊細な指の動かし方を再現するには無理がある。
指先の感触も失って、初めてその重要性を知るとはね。
だがゴムで型どりして作った足は、慣れてしまえば案外と具合がいい。
ゴムの反発力を利用し、以前よりダッシュが鋭くなり、ジャンプ力も格段に向上した。
おかげで肉弾戦でぶつかった時の破壊力が増し、ボクにとっては災い転じて福と為す。
これからクロロレベルの相手には、速攻勝負の戦いをすることにしよう。
今までのように、時間をかけて戦いを楽しむことが出来ず、ボクはとても残念だ。
時と場所を選ばず……
ボクに背後を取られたおちびさん。
たとえ蜘蛛であろうと、排泄をしている時の人間は隙だらけ。
初めて使う、トランプを挟んだ指先の感触。
さすがにいつも通りとはいかないが、左手首のスナップを利かせ……
ボクはゴロリと落ちた頭を掴む。
大きく見開かれた緑の目。
ボクが生きていたことが、そんなに驚きかい？
それとも投げつけられた頭部に驚いた？
一瞬で詰まるボク達の距離。
キミの瞳に映るボクが一瞬で消える。
愚かにも頭部を拾うキミは、ボクの新しい右足の威力を知らない。
存在したはずのキミとボクとの距離は、予想に反して刹那の距離。
このスピードなら、体当たりだけで十分だった。
蜘蛛とはいえ人間の身体とは、こんなに脆いものだったのか。
ここは公園
子供達は既に帰宅し、人っ子一人いやしない
寂しげに揺れる公園の遊具が茜色に照らされる
憂愁を秘めた色と光の中を、黒く大きなシルエットが頭上で羽ばたく
その数は徐々に増え、ボクのやることをじっと見ていた
ボクの作業が終えたころには、夜の気配が血のように、西の空を低く染める
早々と点灯した街路灯に、二人の姿が照らし出された
さらした二人は更なるメッセージ。
マチも今ごろボクの『伸縮自在の愛』から脱出し、クロロに連絡を取っていることだろう。
クロロの驚き焦る姿が目に浮かぶようだ。
そして奴らのボクへの憎しみ。
嬉しいじゃないか♪ワクワクしてしまう。
失ったモノより、これから先に得るモノの方が、ボクにとっては遥かに大きいようだ。
彼らが現れる場所に、ボクの姿ありってね。
ボクはいつだって、前向きさ❤
鏡の中のボクは、いつも通りの笑顔。
さぁ、狩りに出かけよう。
辿る足先は、彼らが乗り込むＢＷ号!
END
2018/01/31
Back『蓋棺事定 たむけのはな』に対する、ヒソカ側の作品です