Phalcnothdk 7



『パク、調べろ』
あたしに対する団長の絶対的な信用。
対象者の身体の一部に触れることで、記憶を読み取る能力。
質問を記憶の淵に投げ込み、波紋となって広がっていく記憶を抽出する。
もっとも純粋な原記憶。
あたしは本人ですら忘れている記憶を掬い取る。







　あたしが初めて記憶を読み取った相手はマチだった。
それは意図するものではなく、偶然のしろもの。
まだ幻影旅団と呼ばれる組織はなく、流星街から外の世界へ打って出るため、クロロ達と念能力の修行に励んでいたころの話し。
ホームの粗末なキッチンで、マチと皆の食事を作っていた時の出来事。
料理をしながら修行の話しやクロロのことを話していると、狭いキッチンでマチの身体にたまたま触れてしまう。
……それだけで十分だった。
まだ操作しきれない未完成な念能力だったけれど、マチとクロロの関係を知るには十分過ぎた。注１
それまで疑ったこともなかった関係に驚愕してしまう。
同時にマチが私とクロロの関係を知っていることに震えた。
知ってしまった記憶を頭の中から消すことは出来ず、しばらくは悶々とした日々を送ることになってしまう。

あたしの苦しみはマチの苦しみ。
マチの悦びはあたしの悦び。

記憶を掬い取られたことを知らぬマチとの関係は、クロロが蜘蛛の頭になっても変わることはなかった。
唯一変わったのは、『クロロ』と呼んでいた名前が、共に『団長』に変わったこと。

　自分でもおかしいと思う。
手足だからという理由だけじゃない。
呼び名は変われど、あのテノールの甘い声があたしを酔わせ従わせる。
流星街時代の利発で自由闊達な少年が、オールバックにした姿から悪の香りとフェロモンを漂わせ、このうえなくセクシーで危険な魅力の男に変貌する。
いいえ、変貌というよりは羽化し、完全体になったという感じ。
その威力は威圧的な声ですら、甘い痺れと身体の奥深くから疼きを生じさせてしまうほど。
とうの昔にクロロから触れられることはなくなった身体なのに、まるで条件反射のようだ。
ある時、クロロが捕らえた女の記憶を調べるように命じられた。
アイジエン大陸系の美しい女……
クロロが欲した宝石の在り処を知っている。
脅かしても宥め賺かしても、頑として口を割らないらしい。
クロロの要求を満たすなんて、あたしには簡単なこと。
あたしは仮宿になったホテルの一室で、床に縛られている女の肩に跪いて触れる。
『お宝の宝石はどこにあるのかしら？』
記憶の淵に、質問という小石を投げ入れる。
何をされるのかと、猿ぐつわをされ、目でしか恐怖を表現出来ない黒い瞳が、大きく見開かれて戦慄く。
私は広がる波紋を待てばいいだけだった。

　幾重にも広がる記憶……
そこには私の望む情報と、望まない情報とが選べることなく混在する。
クロロと女との蜜月。
男にとっては宝石を得るための一時の戯れ。
女にとっては全身全霊をこめた初めての恋。
あたしの脳に伝わる二人の繋がった姿。
同時に女の得た悦びが、あたしの全身を否応なく貫く。
男の真意と本性を知った時、女は裏切りと感じ、心を深く閉ざしてしまう。
一度頑なになった心を開くのは難しい。
幾度となく繋がった身体でも、甘い囁きに拒絶を示す。
あたしなどにはかけられたことのない、甘美で蕩けるような言葉の数々。
しかも柔らかな笑みを浮かべ、優しく差し伸べられる手。
毒を甘言でくるんでいると分かっていても、あたしには抵抗できる自信がない。
むしろ毒だと分かっていても、一時の甘い蜜月に身を落としてしまいたい。
触れられても繋がることがなかったことへの恨みなのか……悔いなのか。
たとえ嘘だと分かっていても、羨ましさから女への嫉妬を覚えてしまう。

　掬い取った女の記憶。
その中からクロロに必要な情報だけを渡す。
欲していた宝石の在り処が分かり、クロロは口元に冷たい笑いを浮かべ、

「……そいつはもう必要ないぞ」

黒いコートを翻し、クロロは部屋を後にする。
床に転がる女に銃口を向ける。
クロロしか知らない、あたしの切り札ともいえる二番目の念能力『記憶弾(メモリーボム)』。
引き出した記憶を具現化した弾に込めて人を撃つと、撃たれた人にあたしの得た記憶を植えつけることが出来る能力。
逆に記憶を引き出した相手をこの弾で撃つと、記憶を失う。
私は女の額に向け、迷うことなくトリガーを引く。
弾に念能力を込めることはしなかった。
クロロも知らない小さな秘密。
具現化した弾に記憶を込めずに撃てば、銃として本来の武器で使える。
甘美な男の記憶が女の頭に残らぬよう、頭蓋を粉砕する。
乾いた衝撃音に飛び散る記憶。



あたしに戸惑いも後悔もない
肩の高さに水平に銃を構える
妬ける心でトリガーを引く
銃爪の重さは心の重さ
伸ばしきった腕に伝わる衝撃は心の叫び

『……そいつはもう必要ないぞ』

醜いジェラシーから、何人の女を葬り去った？
それは男が戯れた女の数。
記憶を葬り去るため、あたしはトリガーを引かずにはいられない
消したいメモリーは、女の記憶？それともあたしの記憶？








注１：『ささやかな抵抗』『ささやかな抵抗 side:クロロ』 マチ短編『spider』パクノダ短編で地下格納庫参照。

End

2017/04/01　改稿
2011/05/11

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