当たるも八卦当たらぬも八卦
占いなんてモノは当たる時もあるし外れる時もある。
だから１００人の占い師に同じ内容を占って貰ったところで、１００％同じ答えが返って来るわけじゃない。
似通った答えもあれば、正反対の答えをする奴もいる。
あくまでも占いは、人生経験豊富な人間のアドバイスと留めておくべき。
占い師側もそのことはよく心得ている。
他の職業とは違い、必ずや当たらなくても社会に通用することから、占いを『裏（外れ）』とし、外れてもしょうが『無い』という意味で、『裏無い』と揶揄されることもある。
だがこれが念能力者の占い師になると、話しは大きく変わる。
「ワタシの占いはね、占いの名を借りているけど、これから現実に起きることだけを正確に言い当ててるの。つまりワタシの占いには外れもなければ、未来を変える力もない。一度未来を語れば、それを受け入れることしかアナタには出来ない。それでもワタシに占って貰いたい？」
脅迫めいた言葉で自分の占いについて説明するのは、念能力で占いをするヒヨスと言う女。
世界で１０人しかいないと言われている、念能力を使った占い師の一人。
当然のことだが、彼女の言葉に嘘偽りと誇張はない。
だが占い師として、この女の評判はあまり良くないときている。
有能過ぎるあまり、客がヒヨスに占って貰うことを怖がり、いざ占いの段になると結果を聞く前に、逃げ出してしまうからだ。
良いことよりも悪いことの方が多い人生……何を期待し、何に絶望をするのか。
ヒヨスはざわめくバーのカウンターの端で、一人管を巻いていた。
そこそこの美人ではあるが、黒づくめの風体に異様な雰囲気を醸し出す三十路女に、声をかけようという奇特な人間はいない。
たまたま彼女の隣しか席が空いていなかったので、偶然この店に入った俺は、そこに腰かけたに過ぎなかった。
ベロベロに酔ったヒヨスではあったが、声を荒げて騒ぐわけではなく、むしろブツブツと独り言を喋り続けていた。
嫌でも入ってくる彼女の繰り言に、大いに興味をそそられた。
そして俺は横に座っている女が、念能力者の間で有名なヒヨスであることを知ったのだ。
もしも俺が念能力を使え、ネオンの能力を手に入れる前だったら、この女の能力を奪っていたかもしれない。
逆に変えることの出来ない未来を知るくらいなら、手に入れなかったかもしれない。
実際のところ、『盗賊の極意』で対象者の念能力を奪えない今、そんなことを考えるのは無意味な話し。
それよりも今は、ヒヨスという人間に関心があった。
「クロロって、馬鹿じゃないの。あんな小娘の能力なんか盗んでさ」
黒いマニキュアを塗った指が、空になったウィスキーグラスを弾く。
そして反対側の腕をカウンターに乗せて顎肘をつき、強請るような目付きで俺を見た。
「すまないな。気の回らぬ男で」
ヒヨスと話しをするきっかけを狙っていた俺にとって、絶妙なタイミングだった。
俺は飲んでいたビールを置き、カウンターの中で氷を割っていたバーテンダーに、パチリと指を鳴らす。
目線を合わせた男に、『同じものを』と言って、ヒヨスのグラスを指差した。
「ありがとう。嬉しいわ。幻影旅団の団長さんに奢って貰えるなんて」
ヒヨスは大げさに喜び、形だけの礼を言う。
「ところで俺の正体を知っているということは、俺と今夜出会うことが、お前の占いに出ていたということか？」
今度は本当に嬉しそうに、ケラケラと笑う。
「あら、団長さんはワタシのこと知っているんだ」
「そりゃ知っているさ。希代の天才占い師ヒヨスだろ。ただし天才の前に不遇が付くが」
一瞬目を大きく見開いたヒヨスだったが、今度は押し殺した声でフッフッと笑う。
そして目の前に置かれた何杯目かのオン・ザ・ロックスを一気に煽るが、焼けた水に酷くむせこんでしまう。
苦しそうに胸を掴むヒヨスの背中を擦ってやろうと手を伸ばすが、その手を払い除けてくる。
まだ呼吸も整わぬといのに、喘ぎながら言った。
「ネオンなんて、ただ若くて可愛いだけが売りの占い師じゃないの。親父のノストラードだって、娘のおかげで出世したんだし。娘が念能力者でなければ、片田舎の小さな組のボスで終わってた男よ」
マフィアのボス連中に絶大な人気を誇っていたネオンに、ヒヨスの嫉妬が露わになる。
「でもノストラードは度胸のある男よ。だって昔、マフィアの世界で出世出来るかどうか、ワタシのところへ遠路はるばる占いに来たのだから。娘が念能力者として目覚めれば、その能力を生かして出世すると訓えてやった。ただしアンタが娘の能力を奪ってしまうところまでは訓えてやらなかった。だって、けち臭く見料を値切ってきたから」
俺はヒヨスの話しに少なからず驚いた。
ヒヨスは俺とここで知り会うはるか前に、俺がネオンの能力を奪うことを、ノストラードの占いから知っていたのだ。
「ネオンの能力は確かに１００％当たるかもしれないけど、正味一ヶ月のことしか占えない。自動書記という名目で、自分の占いには出来るだけタッチしないようにしている。悪い予知には警告を示し、その警告従えば悪い予知を回避出来る。どうしてもとアドバイスを望まれれば、不吉な占いは努力で変えられると、調子の良いことを言って、一ヶ月以上先を占えないことを誤魔化す。そんな女の念を盗んで、何の得があるの？」
確かに１００％当たる予知能力と言っておきながら、悪い予言を回避するチャンスを与えている時点で、完璧な占いとはいえない。
それに占いは時間的ずれが生じる場合もある。
十全たる占い師とは、先の先を占う絶対無二の能力を持つヒヨスのこと。
「あァー、ワタシ、何でこんな念能力にしてしまったんだろう。家が代々の辻占だったから、何も考えずに完璧な占い能力にしてしまったけれど、世の中の大半の人間は、それほど決定されてしまった未来を知りたいとは思っていなかったのよ。人のためになると信じていたのに。むしろネオンのような曖昧な方が好まれるってこと」
叫びにも似た悲痛な声は、喉の奥から絞り出される。
血筋と才能が生み出した、希代の天才占い師。
だが天才であるがゆえのジレンマは、想像を絶するものがあるようだ。
見えすぎてしまう未来に苦しむヒヨス……
往々にして、事実を知ることで人は傷つく。
未来などというモノは、一月先を知るくらいがちょうど良いのかも知れない。
「……アンタがネオンの能力を奪ったから、少しはワタシの仕事が増えるかと期待したけれど、相変わらずの閑古鳥。まっ、それも占いで分かっていたことなんだけど。でも今夜は私の愚痴を聞いてくれる人が現れることを知っていたから、ここへやって来たわけ」
ヒヨスはせつない笑みを漏らしながら、カウンタートップを中指でコツコツと鳴らす。
普通念能力者の占い師は、自分のことは占わないことを発動の条件にしたり、自分を占うことをタブー視する人間が多いのだが、ヒヨスは違う。
むしろ全ての人間がどこかで繋がり合っているとでも言いたげに、自分のことを占う。
事実ヒヨスと俺は、俺の知らないところで繋がっていたのだ。
奥の深い占いの世界に感慨を耽らせていると、
「……ねェー、良かったらこの後、ワタシの家に遊びにこない？」
寂しげに、それでいて甘えるようにヒヨスは言った。
俺は即答で返す。
「俺が何と答えるかは、既に知っているのだろ」
俺とヒヨスは店の最後の客になるまで語りあう。
それは真面目な話しであったり、馬鹿話しであったり。
そしてバーの扉を背に、俺達は右と左に分かれて行く。
やはり運命という未来は決定されているのか……
あの後ヒソカが連れて来た除念師によって、鎖り野郎が心臓に刺した『律する小指の鎖』は外され、俺は念能力を取り戻す。
すぐにタイマンを要求してきたヒソカを退け、完全無欠の策を練って勝負に挑んだはずだった。
そのためにシャルやコルトピから能力を借りた。
戦いの場所は俺の能力が優位になるよう、フロアーマスターの称号を取ってまでも天空闘技場に設定した。
もちろん『天使の自動筆記』も使い、勝負の行方を占った。
最後の週の五行詩には、
舞は大勢の前で披露すると好いだろう
舞姫の手を取り貴方は華麗にステップを踏む
舞うほどに観客は惜しみなく、貴方のために拍手する
ラストダンスはホール中央で派手に踊るがいい
舞姫にとって、最期の舞になるのだから
もしもあの時シャルとコルトピを占っていれば、どんな占いが出たのだろう……
占ったところで結果は同じ、未来という運命は変わらず、起こってしまった過去を変えることは出来ない。
ならば俺は二度と占いに頼ることはない。
決められた運命を自分で決める。
今度お前と舞う時は、時と場所を選ばずアップテンポで踊らせてやる！
End
2016/06/09
Back6/8ハンターNo357残念②のネタバレで、シャルの死を知ることに。コルトピのように首を落されていないので、まだ絶命はしていないかもしれませんが……（ヒソカが仕損じるとは考えづらいけど）あまりのショックに眠れず。翌6/9に画バレもあり、膝から崩れ落ちてしまう。ダメージを受けながら、一気にクロロの心境を書いてみたのですが……当分、立ち直れそうにもありません。
突っ込みどころがたくさんある作品ですが、そこはさらりとお読み下さい。