私邸の書斎でお気に入りのカウチにもたれて読書に耽る。
俺の足元では半年ほど前から付き合っているルシェが、テレビのゲームコントローラーを操作していた。
音が消えてしまった部屋で、 ルシェがいきなり付けていたヘッドホーンを外し、ゲーム中のディスプレイを見ながら唐突に訊ねた。
「ねぇクロロ、趣味と道楽の違いは何だと思う？」
突然の質問に読みかけていた本を閉じ、何事かと足元のルシェを見る。
ルシェの視線はゲームに有り、俺を見ようとはしなかった。
床に置かれたヘッドホーンからは、速いテンポの音楽と耳障りな電子音が漏れてくる。
読書に集中していたところを邪魔され、俺にとって不快なシチュエーションではあったが、真面目に答えてやった。
「趣味は生活が優先された上で楽しむもの。 道楽は寝食を忘れて没頭する楽しみだな」
「それならクロロの古書集めは道楽だね。 人を殺してまでも奪うのだから」
『 読書だって寝ず食べずで読むのだから、やはり道楽よね』と、付け加えてくる。
少し俺は考えた。
俺の読書に対する情熱は道楽だったのか？
純粋に知識への探究心と考えていた神聖な行為が、道楽と彼女には映るらしい。
仮りに50歩譲ろう……『古書集めは道楽だ』それで良い。
まずは欲しいと思う古書を探し出し、どう奪うかに知恵を絞る。
奪うことを邪魔する奴らに犠牲者が出たところで、大した問題ではない。
一番重要なことは、俺の欲望が最優先されること。
100歩譲ろう……読書は道楽か？否、違う！
読書は人間のみに許された高尚で尊厳有る行為。
だから簡単に道楽と言われたのでは堪らない。
俺は前髪をかき上げながら少し皮肉を込め、指を動かすルシェに尋ねた。
「それでルシェの趣味と道楽は何なんだ？」
軽快に動いていた指が突如として止まる。
ルシェはすっと立ち上がると俺に振り返り、むっとした顔で俺を見る。
そして手にしていたコントローラーを激しく床に叩きつけた。
ガシャッと音を立て、粉々になったコントローラーが大理石の床に散らばる。
すると怒りを込めた目で俺を睨み付け、書斎から大股歩きで出て行ってしまう。
しばらくして玄関の扉が閉まる大きな音がすると、すぐにルシェの改造車独特のエンジン音がした。
アクセルが深く踏み込まれて乱暴なギヤチェンジの音が聞こえたかと思うと、車は急激に発進した。
どんどん遠ざかるエンジン音……
ルシェが怒っていたのは良く解るが、一体何に腹を立てたのだろう？
床に散らばった破片を片づけると、俺は再び本を開く。
今は大切な読書タイムだ。
それから彼女が二度と俺に連絡を取ることも、目の前に現れることも無かった。
後日知ったこと……
ルシェは付き合って半年にもなるというのに、俺が彼女の趣味について尋ねたことが気に入らなかったらしい。
恋人なら知っていて当然だというのが彼女の考えのようだ。
そのうえ皮肉を込めた俺の表情が、彼女の怒りに油を注いだ。
……そんなつまらぬことが何故気に入らない？
自分で話題を振っておきながら、見解の相違があると怒りを爆発させる。
これがシャルナークだったら軽く受け流すか、きついジョークで返してくる。
ルシェにはもっと柔軟性を持って対処して欲しかった。
だいたい俺がどこの誰であるかを承知の上で付き合ったはず。
ルシェとは仕事の関係で知り合った。
俺が幻影旅団の団長なら、ルシェは裏社会に精通した情報屋。
以前から探していた古書を通して彼女とは顔見知りになった。
だから俺の趣味や道楽など初めから知っていたはず。
それもモーションをかけてきたのはルシェの方からだ。
俺にとっては家業を隠す必要もなく、気楽な付き合いが出来る女だった。
そんなわけでルシェを隠れ家である私邸に気兼ねなく招き入れた。
付き合っていく中で自然と出来た二人のルールは、不必要に互いを干渉しないこと。
半年の付き合いの中で、お前に俺の趣向を強要した事が一度でもあったか？
俺としてはお前の願いを随分と叶えてきてやったつもりだ。
車が欲しいと言えば買ってやったし、宝石が欲しいと言えば手に入れてやった。
特に売り物ではない宝石のために、どれだけの人間が犠牲になったかお前は知っているはず。
車だって人の金でかけたい放題に改造を繰り返した。
女だてらにと言う気はないが、チューニングに対する情熱はまさに病気としか言いようがない。
同じ流星街育ちということもあり、かなりルシェには甘かった。
それがどうだ……
結局はルシェも他の女達と同じだったのだ。
相手をより独占しようという欲。
俺が本を読む時間すらも、自分に目を向けさせたかったのか？
趣味や道楽を尋ねたことがそんなにも罪なのか？
だがお前の好きなモノや趣向はかなり解っているつもりだ。
……なぜだと思う？
俺はちらりと書斎の机の上を見た。
リボンをかけた小さな小箱。
その中のモノを奪うため、今回も多大な犠牲が出た。
あと数日でルシェの誕生日だったのに……
俺はゴミ箱にプレゼントとなるべき小箱を放り投げた。
一度冷めた熱は二度と戻らない。
当然のことながら、2人の関係は自然消滅した。
女は趣味で有り、古書集めは道楽だ。
決して女が道楽になることはない。
俺としては今回の趣味は長く続いた方だ。
俺にとって最優先されるのは、邪魔されることなく一人静かに楽しめる読書だった。
End
2015/01/17 改稿
2009/03/15 加筆・修正
2007/04/19
Back以前人生の大先輩と、趣味と道楽の違いを熱く論議したことがある。クロロにとって、尺度の違いは大した問題ではないのだろうが、彼女にとっては大問題。 タイトルは 『趣味と道楽』 ですが、実は価値観の違いから生じる男女の話しでした。
2015/01/17改稿で、以前はさらりと書いていた文章を倍近くの内容に増やしました。これで以前よりは、少しは解りやすい内容になったかと思います。