俺だってここまで欲深くない。
興味をそそられたお宝だけを手に入れている。
だがこの女の欲は強欲だ。
まるで野を進軍し続ける軍隊蟻のように、全てを喰い尽くす。
見境無く奪い、考えもせずに人を殺す。
女が仕事をした後は屍すら残らない。
残るとすれば『無』という世界だけだった。
見上げる女は薄気味悪いほど白い肌の持ち主だった。
俺の好きな黒い瞳と漆黒の髪も、この女だと不気味なものに変わる。
決して醜いわけではなく、分類としてはかなりの美人。
美しく整った各パーツが顔という枠に納まると凄味を増し、まるで魔物を見ているような感じになる。
トータル、寒気のする美人というのが正確な表現かもしれない。
女は自邸の地下室に潜んでいた。
そこは体育館のようにだだっ広く、黒い御影石の壁と床で出来ており、天井までもが黒く塗られていた。
壁にポツンポツンと取り付けられたブラケットの照明がぼんやりと空間を照らす。
部屋の中央には女が奪ったお宝がうず高く積まれている。
その山の中央に腰を下ろし、女は俺を見下ろす。
あまりにも無造作に積まれたお宝は下になっているモノほど壊れ、中には原型を留めていない物もかなりある。
名だたる美術品や貴重な歴史的遺産が、ゴミと言う名の代物に変わっていた。
俺が狙っていたブラックダイヤモンドを、僅かな差でこの女に奪われてしまう。
以前にも先を越されたことがある。
その時はカキン国国宝 『月下花鳥水月の壷』をタッチの差で盗れている。
愛でるべきその壷も砕け散り、残骸を床に晒していた。
何たることだ・・・これでは美術品の廃棄場ではないか。
ある意味、流星街というゴミ捨て場より無法地帯だ。
女はお宝を金に変えるわけでもなく、ましてやコレクションをしているわけでもなさそうだ。
まったくもって女の思考が理解できない。
「アナタ誰？断わりも無く人の屋敷に忍び込むなんて、何という礼儀知らずなのかしら。しかもこの地下室にやって来るなんて、失礼極まりない。ここは私だけに許された空間」
女は腹の底から搾り出すような声で言った。
「俺か・・・俺は幻影旅団の団長クロロ＝ルシルフルだ。お前が昨晩盗んだブラックダイヤモンドを返して貰おうか。あれは俺が狙っていた品だ」
俺は女に負けず、低くドスの効いた声で言い返す。
「幻影旅団？幻影旅団って何なの？ブラックダイヤモンド？そんなもの記憶にないは」
「貴様！同じ盗賊でありながら、幻影旅団を知らないと言うのか！？」
当然のごとく、名乗れば知っているものだと思っていた。
闇に棲くう者であれば、どんな田舎者であろうと俺達のことを知らない者などいないはずだった。
しかも昨日の今日で、奪ったダイヤモンドについてシラを切るとは見上げた度胸だ。
「本当よ・・・知らないし、覚えてもいない。だいたい昨日の朝、何を食べたかだって覚えていないのだから」
女は長く重い溜息を吐いた。
俺は女の真意を確かめようと、その顔をまじまじと見る。
女は憂鬱そうに何かを考え、敵である俺の存在など上の空。
俺は狙う品を連続で先を越され、３度目の邪魔は無いものと、この女を始末しにやって来た。
他の盗賊集団も、この女には煮え湯を飲まされている。
シャルナークがやっとの思いで女の棲み処を見付け、俺がこうして乗り込んだわけだがこの状況を見る限り、到底同業者だとは思えない。
であれば、正体の分らぬ相手と戦うよりも、話し合いで解決したほうが良さそうに思われる。
「おい、女。何やら悩み事があるようだな。解決に協力してやるから、俺達の仕事を今後邪魔をしないと約束しろ」
俺の申し出に、女はきょとんとした。
「・・・アナタが私に協力？」
「そうだ。取り敢えず話してみれば、力になれることが有るかもしれないだろ」
俺の提案など耳も貸さぬかと思ったが、意外にも喰いついてきた。
女は相変わらずゴミ山から俺を不遜にも見下ろしているが、ボツボツと語りだす。
女の名前はレジェンド。
そして念能力の名前は『黒い胃袋』
その名のとおり胃袋は貪欲だった。
食べても食べても満足が出来ず、まるでブラックホールのように手当たり次第に喰ってゆく。
女にとって宝と感じたモノだけが美味しいと感じ、満足を与える・・・はずだった。
全ては審美眼を極めるための念能力。
それがある時から自分の意思とは関係なく暴走を始め、胃袋が拡張してゆく。
しかも偏食となり、今では何が美味しいモノなのかもかも分からなくなってきた。
制御出来ない念能力に女は苦悶する。
味覚に満足し、この部屋を物質で満たすことが出来れば、女がお宝に手を出すことも無くなる。
この黒くて大きな四角い部屋が女の胃袋。
能力の本質は物質を瞬間移動させること。
奪った品は現場からここへ転送される。
物を奪うことだけで考えれば、こんな都合のよい念能力があるだろうか。
・・・少し考えた。
不安気な女に向かって、俺はにやりと笑う。
あるではないか、最高の解決策が！
数時間後、女の冷たい手を引き、シャルナーク達に奪わせた飛行船に乗り込んでいた。
そして丸二日をかけ、目的地の上空に辿り着く。
地上を見下ろす女の目が喜びのために輝き、興奮のために上気する。
あれほど白かった肌がピンク色に染まり、死人のような顔が生気を帯び、謂れもない美しさに変わる。
俺は女の劇的な変貌に驚きを隠せない。
女の目には地上しか映っていなかった。
眼下に広がる果てしないゴミ。
そこはいわずと知れた流星街。
何世紀にもわたり積み上げられたゴミの山。
喰らいつくすことの出来ぬ宝の山に女は歓喜する。
そう、あのゴミ山から、お前にとって本当の宝を見付けだせ。
そしてお前の食欲を満たすがいい。
貪欲に・・・強欲に・・・
いつしかレジェンドは流星街の住人となっていた。
まるでここが私の居場所だと言わんばかり。
時折り顔を会わす彼女はいつも満たされ、柔和な顔つきに。
念能力も制御出来るものとなり、近いうちに蜘蛛に誘おうと考える俺だった。
End
2017/04/07 改稿
2009/03/17 加筆・修正
2007/09/17
Backテレビに出演していたギャル○○さんの食べっぷりを見ていて、発作的に思いついた作品。彼女の満腹時の胃袋の大きさが模型で出てきて、目眩を起こしそうになった。胴体の1/3強が胃袋になるとは・・・凄すぎます。