「シャル、次の仕事だが・・・」
「えっ！次の仕事！？」
目的の絵画を壁から外している最中のシャルナークは振り返り、ぎょっとした顔で俺を見る。
それもそのはず・・・
現在進行形で美術館を襲っている最中に、次の仕事を口に出されればシャルナークでなくても驚くだろう。
おかげでシャルナークの手は完全に止まってしまう。
「団長の欲は留まるところを知らないね。次の仕事の件はホームに帰ったらゆっくり聞くからさ。今は目の前の仕事に集中させてよ。」
まるで小さな子供を諭すように穏やかに言うが、目には困惑の色を浮かべていた。
赤い目の女が好きになった。
・・・と言うよりは、好きになった女が赤い目だったのだ。
それも死に際に初めてみせた、赤く発色した目。
たとえようの無い美しい緋色に蠱惑されたと同時に、血統に支配された女の生き方に打ちのめされた。
その美しさを永遠に止めようと、俺は彼女の冷たくなった骸から二つの目を抉り取る。
これで未来永劫、彼女は俺のものとなる。
今もガラスの保存ビンの中で変わることなく赤く発色し、俺を魅了する。
どんなに紳士面をして優しく語ろうと、心からの贈り物を贈ろうと、俺をかたくなまでに拒む。
彼女が俺を嫌っていたとは思えない・・・なのになぜ、そこまで俺を拒絶する。
そしてその意味をじきに知ることとなる。
彼女には将来を誓いあった男がいた。
それは親同士が決めた許嫁と言う奴で、相手の男と会ったのは子供のころに一回だけ。
何らかの事情で遠くこの街に引っ越してきた親娘の間には、遠い昔の約束が生きていた。
たった一回しか会ったことのない記憶の中の男と結婚するなんて、俺には信じられないことだった。
どんな男に成長したかも分からない奴よりも、目の前に存在する男を見てくれと叫んでいた。
無情にも約束の日は訪れる。
俺は一人で彼女を迎えに来た許嫁の男を、彼女と出会う前に殺害する。
真面目だけが取り柄そうな男はごく普通の男に見えたが、戦いに関してはそれなりのスキルを持っていた。
俺同様に念能力を使い抵抗してきたが、いかんせ実戦経験が足りない。
圧倒的な力の差にひれ伏した男は刹那、恨みを籠めるがごとく目を赤く発色させたのは俺の見間違いか・・・
欲したものを強引に手に入れただけのことだった。
私邸の一室に閉じ込めた彼女はあらん限りの抵抗をするが、俺の前では無意味な行為。
時間をかければ心は解せると信じていたのに、俺を苦しめるように目の前で自らの命を絶つ行為にでる。
舌を噛み、溢れ出る血液に喉を詰まらせる彼女をどうすることも出来なかった。
俺の腕の中で苦悶し、断末魔！瞳の色が燃えるような赤へと変わる。
俺は彼女の緋の目から全てを読み取った。
彼女と許嫁の男はクルタ族だったのだ。
その目の美しさから世界７大美色に数えられる一族は、多くの犯罪者達に目を狙われる。
そのために山奥の隠れ里に住み、細々と自給自足の隠遁生活をしていると耳にしていた。
俺もいずれはと、密かに狙っていたお宝。
確かな情報では近親婚をするほど緋の目が濃くなり美しく発色するとか。
そう遠くはない将来、濃厚になった血のせいで滅びていく連中。
それがこんなにも身近に存在していたとは・・・
隠れ里を一時的に離れた親娘は、娘の成人を待って一族の男と結婚させ、故郷に戻るつもりだったのだろう。
緋の目を守るなどと愚かなことを考えずに、娘だけでも俺の手に落ちていれば、少なくとも娘は生き残ることができたのに。
何を望んで緋の目を守り、自らを絶滅させようといのか。
彼女もまた許嫁同様に念能力者だった。
否、死に際に念能力者として開花したというべきか。
発動された念は死に繋がるようなものではなかったが、むしろ呪いのように深く静かに実行される力。
亡くなった今となっては念能力の名前を知ることは出来ない。
だが俺の心身を苦しめていることが、彼女の復讐であることくらいはよく分かる。
残された憎しみと思怨・・・
どんなに満たそうとしても満たされぬ欲は暴走を始める。
欲し得てみたものの、身も心も決して満たされることはない。
溢れ出る欲のために俺は押し潰されそうだった。
そんな中、さらに緋の目が欲しくなる。
愛すべき彼女以外の緋の目を手に入れたら・・・これ以上の欲はないのではないか？
そして隠れ住んでいた彼女の一族を襲う。
団員を総動員してまで手に入れたお宝も、彼女以上に美しいものが有るはずもなく、すぐに見飽きて売り払ってしまった。
彼女の俺に対する復讐は、彼女の同胞すらも滅ぼしてしまう。
それでもなお俺の欲は飽くことなく続く。
まるで砂漠の流刑地に流され、水を欲する罪人のようだ
これがお前の与えた俺への罰
最初はただ欲しかっただけ
それが止まることなく欲は噴き出す
焼け付く喉はいくら水を得ても潤うことはない
喉を掻きむしり助けを求める俺の耳に、お前の嘲笑が聞こえる
それでもなお俺は、お前を愛しているとしか叫べない
End
2017/01/05 改稿
2009/03/17 加筆・修正
2007/11/12
Back念能力の名前は 『満たされぬ天秤』.。良き心があれば努力による成功を与え、悪しき心には渇望しても潤うことのない心の不幸を与える。