周りの視線が痛い……
ヨルビアン大陸で三番目に大きな都市ミナト。
そのミナトの中でも、ファッションと流行の発信地として名高いギルザ。
ギルザのクリスタルパレスと呼ばれる、高級ブランドの詰まったビル前が、待ち合わせ場所になっていた。
待ち合わせ場所としては定番中の定番。
また、男女の出会いの場としても有名で、ナンパを目的とする男女が年齢を問わず屯している。
そこに集まる平均値の高い男女を狙い、モデルやタレントのスカウト達も集まって来ている。
それにしてもシャルナークの奴、なんだってこんな場所を選んだんだ！
いくら今夜襲う美術館が近いからといって……
もっと人目のつかぬ場所を選べばいいものを。
おかげで俺は今、けっこう目立つ存在になっている。
決してナルシズムから来る勘違いでも、思い上がりでもない。
すでに有名モデル事務所から、スカウトの名刺を何枚か渡されていた。
髪は下ろしていた。
やや俯き気味、額の刺青は帽子と前髪で隠す。
控えめでシックな流行のスーツに身を包み、人混みに紛れてさり気無く立っているつもりだった。
それでも俺の容姿は否応なく目立つ。
女達の舐めまわすような視線と、絡みつく視線とで、身体の自由を奪われそうだ。
ナンパ目的ならいざ知れず、彼氏を待っているであろう女まで、こちらを気にする奴がいる。
むかつく気分に、背中を走る悪寒！
思わず不機嫌な表情が満面に出てしまう。
眉間に深い皺をよせ、見られていることがどれだけ不愉快なのかアピールしても、周りの無遠慮な視線は収まらない。
女達のむっとするフェロモンが刺激となって、周辺にいる男共が、嫉妬と好奇の表情を露わにする。
奴らの頭の中などお見通し！
俺がどんな女と待ち合わせをしているのか、興味津々なのだ。
生憎と待ち合わせているのは、金髪の童顔男……
女共は俺を値踏みする。
歳は？職業は？俺のことを丸裸にしたような目付きで見ている。
なんて失礼な奴らなんだ！
ここは高級商業地だったはず。
ハイソな人間の集う場所ではなかったのか？
流星街とさほど変わりのない女の反応に、皮肉な笑みを浮かべてやる。
俺は時間の約束には正確だ。
シャルナークだって女にはだらしないが、時間には恐ろしく几帳面と来ている。
約束の場所で時間どおりに出会い、その後の行動は迅速に行なわれる。
だからこそ、緻密な仕事の計画が立てられるのだ。
それが今日に限って待ち合わせ場所に、予定より１５分も早く着いてしまった。
途中で時間調整をしようと思ったが、コーヒを飲むにしても、本屋で時間を潰すにしても、中途半端な時間だ。
仕方がないので早目に待ち合わせ場所に来たのだが……
おかげで今、待ち合わせ場所で大衆の晒し者になっている。
俺の容姿が仇になっていると言ってもよかった。
シャルナークに待ち合わせ場所を変更しようと連絡したくても、不覚にも携帯のバッテリーが切れていた。
不幸と不運は仲良くやってくる。
周りを見渡しても昨今の事情から、公衆電話なんてクラシカルなモノは見当たらないし、仮にあったとしても、シャルナークの携帯番号なんか、正確には憶えちゃいない。
ひたすら約束の時間が来るまで、この視線に耐えなければいけないのか。
これが人気稼業を生業とする芸能人ならばいざ知らず、裏社会に棲息する俺には痛すぎる。
仕事は派手に行なうが、私生活は読書を愛するもの静かな文学青年なのだから。
ビルの外壁に埋め込まれた巨大な時計。
すでに１０分が過ぎ、約束の時間は残すところ５分となった。
俺は修行僧のごとく、残りの時間を無我の境地になろうと努力していた。
……にも拘らず、女達の興味本位な視線は、徐々に甘い誘惑の視線へと変わって行く。
ちらりと時計を見た俺に、待ち人が来ないことを祈る視線を全身に感じる。
あわよくば来ない女の後がまになろうと、虎視眈々と狙う狩人の顔に変貌している。
すでに女同士の鞘当が始まっていた。
クリスタルパレス正面の、広い通りを跨ぐ横断歩道。
そこを長身で、見事な金髪青年がさっそうと歩いて来る。
大勢の待ち人を掻き分け、俺に向かって一直線。
時間ジャスト！シャルナークが俺の１メートル手前で立ち止まる。
「お待たせ、クロロ。どうしたの？もしかして約束の時間より、大分早く来ていた？」
爽やかな笑顔が、不思議そうに訊ねる。
それもそのはず。
待ち人の群れの中に埋まる俺の姿は、今来た者の姿ではない。
俺はこれ見よがしの作り笑顔で、切なそうに、わざと周りに聞こえるように言った。
「シャル、愛しているよ。どれだけ逢いたかったか」
奴の顔がいきなり固まった。
否、引き攣った！
心の中でにやりと笑い、シャルナークの肩にしなだれかかりながら、奴の腕に自分の腕を絡めてやった。
茫然となったシャルナークの耳元に囁く。
「おい、こんな場所を待ち合わせに選びやがって！さっさと恋人のふりをしろ。さぁ、仕事に行くぞ！」
スーツ姿の色好い男が二人。
仲睦まじく手を繋いで去って行く。
後に残された人間は、それを呆然と見送っていた。
ざまーみろ！人をだしに１５分も楽しみやがって。
俺にして見れば、生理的嫌悪をもよおす１/４時間。
意外なオチの演出に、笑いが止まらない俺だった。
End
2017/11/03 改稿
2009/03/17 加筆・修正
2008/03/09
Back自ら文学青年と名乗る図々しさ……