娼街を観光気分で冷やかしながら歩くのは久しぶりのこと。
娼婦など流星街で見飽きるほど見ていたが、これほどの人数と質の良さは初めて。
何もかもが珍しく、俺は興味津々だった。
一緒に歩いていたシャルナークも好奇心旺盛に、娼婦といわず街全体を観察していた。
何しろここは娼婦だけでなく、一級品の娼夫までもが揃う街。
合法的に政府直轄で管理された経済特区。
そのおかげで非合法な連中が立ち入る隙はない。
センスのよい看板に、外からでも娼婦達の姿がよく分かるように設えられた、飾り窓が道の両側を埋め尽くす。
有名ファッションストリートのショーウィンドーさながらに足を高く組み、ミニのワンピースで椅子に座り、マネキンのようにポーズを固定させる女。
逆にボディラインがくっきりと分かるシルクのロングドレスを着て、自分のスタイルの良さを誇示する女に、自分の柔軟性をアピールするかのようにダンスを踊る女など、売り込み方は多種多様。
娼婦達はより質の良い客を見極めようと飾り窓の中でしなを作り、とびきり美しい笑顔を見せるが媚びるようなまねはせず、冷静に客を吟味する。
どこかの三流娼婦とは違い、露出度を高めどぎついメークなどしなくとも、自分の魅力を効果的に見せる方法をよく知っている。
この国では基本的に娼婦は政府と個人契約を結ぶが、体の管理や厚生などは公務員と同等に扱われる。
おかげで売春という古来からの仕事がかなりの人気をはくし、努力次第で高給取りになれることから娼婦達のやる気が違う。
だから娼婦になるためのオーデイションも厳しく、外見内面共に選考の基準となる。
国も全面的に彼女達をバックアップしているので、テクニックのアドバイス及びコーチトレーニング、はたまた経営に関する指導など、あらゆる面でサポートが厚い。
そのうえ客に対する要求も高く、娼婦を買うためには会員登録が必要で、定期的な血液検査や犯罪歴など、娼婦に害となる可能性のある者は排除される。
意外にもこのような厳しい管理がエグゼクティブクラスの連中に受けた。
下手に愛人を作られるよりはと、妻公認でここへやって来る連中も多いと聞く。
そのために海外から大挙してやってくるエグゼクティブクラスのおかげで、この国の外貨稼ぎに大いに貢献している。
特に大きな産業も資源もなく、観光資源のみに頼った国にはよくあることだ。
最近ではSNSに取り上げられることが多く観光客も増えているが、一般観光客が観て回れるエリアは限定される。
そこには観光客相手の商業施設が建ち並び、飲食店や土産物屋で振るわっていた。
今俺とシャルナークがいるエリアは、会員制の本格的な娼街エリア。
最近では娼街とは呼ばず、アダルト・エンターテイメント・エリアと呼ばれ、通称AEAとも呼ばれる。
さもすればここが娼街であることを忘れてしまいそうになるほどハイセンスな街でもある。
国家が一流の建築家と企画プランナーを雇い娼街を造ると、こういう街が出来るのかいう見本のような街。
そして娼街の隣には、親切にも不夜城であるカジノまで用意されている。
カジノで一儲けしてから娼婦達を買いに行くのか、カジノに行く前に景気づけに女達とやるのかは個人の自由。
どちらにしても一時の快楽を貪るのに変わりはない。
２４時間、悦楽と陶酔を与えてくれる街。
もちろん大金という代償を支払うのだが。
そして今、俺とシャルナークのいるエリアは色々なタイプがある中で、飾り窓仕立てに作られたエリアを探索していた。
既に客の入った店の飾り窓には女がおらず、店の奥で営業に励んでいる。
ここの娼婦達が他の街の娼婦達と大きく違うのは、彼女達が個人経営者であること。
他の娼婦達のように娼館のオーナーに買われたり、身を落とした者の溜まり場ではないということ。
政府が建てた娼館の部屋の権利を買い、個人経営者として商売をしている。
もちろん売るのは自分の肉体だが、ただ売るのではない。
自分達の美しさに磨きをかけ、日々の技術向上と、客のレベルに合わせるため、教養を高めることに余念がない。
つまり世間一般の、ただ足を広げている娼婦達とは大きく違うのだ。
自分達を安売りするこがないように、仕事に見合った料金を得るための努力を惜しまない女達。
客に最高のサービスを提供し、いかに心地よく帰って貰うか。
よい評判をとれば客が客を呼ぶ。
彼女達は考えようによっては、一流の経営者になれる可能性を秘めていた。
実際に客とコネクションを作り、新規事業に大成功を収めている女も多い。
もしもそこまで国が戦略を考えこのAEAを作ったとしたら、この国の政府は有能だ。
そのうえ彼女彼らには、プロ中のプロという自負がある。
だからプライドも高い。
金を出したから何をしても許されると勘違いしている下種な野郎など、AEAから出入り禁止にされてしまう。
ただし双方に合意があればその限りではないが。
客と娼婦が対等とは……なんて気持ちのいい世界じゃないか。
蔑む者はいない……生まれ育ちに関係なく、実力のみで勝負を挑めるとは。
まさにこれがプライドと言える。
「クロロ。どの女の子にするか決めた？」
決めたかと訊かれれば、決めてはいない。
だいたいこの街には仕事で来たのだ。
その肝心な仕事が終わっていない。
カジノの一画には美術品専用のオークション会場があり、隔週で競りが開催される。
そこに俺の探していた絵画が出品されるという情報を手に入れた。
競りは明日の午後から行われる。
１日早く着いた俺達は首尾よくここの会員登録を済ませ、世界的に有名なこの娼街を冷やかしに来たのだ。
もちろんシャルナークの言うとおり、気に入った女を一晩買うというお楽しみがあってもいいだろう。
ショートであろうとスティであろうと、噂に高い女達と肌を合わせるのは話しのネタにも出来る。
「もしも気に入った女の子がいないなら、具合の良さそうな美青年のいるエリアもあるけど。話しでは、客の好みにフレキシブルに対応してくれるってさ」
シャルナークはニヤニヤしながら、俺がストレートなのを知ったうえでふざけてくる。
確かに半端でない色男達がエリアを闊歩していた。
男娼の場合、娼婦達より顧客率が高い。
一応自分達の営業する店は構えているが、大抵の場合は上得意が泊まるカジノのホテルなどに出張サービスに出向くことが多い。
俗に言う、人妻セレブと呼ばれる人種専用の娼夫。
男女共に、金と時間をもてあませばやることに大差はない。
このAEAでは異性を買うことも、同性を買うことも自由だ。
「……それで、お前の方こそどうなんだ？抱きたくなるようないい女はいたのか？」
横に並んで歩くシャルナークを、目の端でちらりと見た。
もちろんと言うように、シャルナークは顔をにやつかせる。
「……もしかして、さっきのか！？」
「そうゆうこと。今日はもう店じまいをして、俺と夕飯を一緒に食べてくれるってさ♪」
だから悪いけど、一人で夕食を済ませてくれだって！
何て手の早い奴なんだ！！
確かにシャルナーク好みの、ヨルビアン大陸系の可愛い女だったが……
飾り窓越しに二言三言話しをしている姿は見たが、冷やかしていたのではなく、商売抜きでデートの約束を取り付けていたとは。
ご自慢のシャルスマイルを炸裂させ、自分の可愛らしさを最大限アピールしたか。
だがプロの女を落としたのだから、女の方も奴を一目で気に入ったということ。
当然夕食の後は、予約しているカジノのホテルでお楽しみか……
「分かった。その代わり、明日の仕事の時間には絶対に遅刻するなよ」
俺が呆れ顔で言えば、
「当然だよ。俺が今まで仕事に遅れたことがあった」
クロロこそ、一人寂しい夜を過ごさないでね、だと！失礼な奴だ。
いちいち腹の立つことを言いやがって。
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、既にシャルナークは踵を返し、乾いた北風の吹く中を、女との待ち合わせ場所にショートコートの襟を立て、すたすたと歩いて行ってしまう。
プライドの高い女。
仕事場には、決して好きになった男を引き入れない。
仕事場は仕事をするための場所であり、ビジネスとプライベートを厳しく分けていた。
本当の意味で、誇りというものを知っている。
だからこそ、自分が認めた者には従順になれるのだ。
本能的に従うべき相手を看取する。
ならば……
漆黒のロングヘアーに黒曜石の濡れた瞳。
目に付いた俺好みの女。
顔も身体も申し分ない。
飾り窓の中に、つんと澄ました顔でソファーに腰掛ける。
その顔には、自分の気にいった相手でなければ部屋には入れぬという、強固な意志を表していた。
男達は高値の花と、足を止めても交渉を躊躇する。
よほど自信があり、女の条件を揃えた男でなければ、この女に声を掛けるのは不可能だろう。
もしくはよほど己を知らぬ愚か者か、絶対的自信があるか……
俺に言葉は必要なかった。
飾り窓の側に立つだけでいい。
俺に注視させるのに３秒とかからない。
女以上の濡れた瞳で、同じ黒曜石の瞳の中を深く見つめた。
とり澄ました女の表情は変わらぬが、心音が一気に跳ね上がったのが分かった。
俺は窓に息を吹きかける。
白く曇るガラスに、俺が泊まるホテルの名前と、ルームナンバーを書き込む。
そして何事もなかったかのように身をひるがえし、飾り窓を後にした。
一時間後、俺の部屋の扉がノックされる。
待ち人来る……
俺は穏やかな笑みを浮かべ、女を招き入れた。
飾り窓の中で見せた毅然とした美しさは、可憐な美しさへと変わっていた。
硬質な感じのしたパープルがかったグレーのサテン地のロングドレスから、ピンクのワンピースに着替えただけだというのに。
俺の見る目の確かさに、自分を褒めてやりたかった。
これが本来の姿かと、女の顎を捕らえずにはいられない。
従順という甘い拘束……
ならば見せてやろう、俺の男としてのプライドを。
今までに経験したことのない、これ以上にない甘美な世界へと誘ってやろう。
END
2018/05/15 改稿
2009/11/14
Backプライドという言葉を考えてみる作品にしたかった。海外旅行に数多く行く中で、先進国に合法的な売春が許されている国が多いことに驚かされた。