警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
「クロロの初恋って、いくつのとき？」
ファーストフードで遅いモーニングメニューを食べている時、突然訊かれた女の質問に面食らってしまった。
質問の内容が上手く理解出来ず、返事をするタイミングを失っていると、
「やだ……クロロったら。何て顔しているの。わたし、そんな変な質問をした？」
一つ目の質問が答えられないというのに、次の質問を被せてくる。
俺は思わずポケットから携帯を取り出し、辞書機能で『初恋』の意味を検索してしまう。
初恋＝その人にとって最初の恋
文字が示すとおりだが、答えにはなっていない。
だいたい恋の定義があやふやだ。
ならば『恋』の意味は何なんだ？
恋＝異性（もしくは同性の場合もある）に強く惹かれ、会いたい、独り占めしたい、一緒になりたいという気持ち
さらに意味が難解になってくる。
だってそうだろ！
強く惹かれるというのは、何に惹かれるのか具体性に欠いている。
会いたい、独り占めしたいというのは独占欲に通じ、人間だけでなく動物や物にまで範囲が広がる。
一緒になりたいというのは、ダイレクトに言えばセックスをするという解釈でいいのか？
つまり、恋＝セックスという構図になってしまう。
恋とは、性欲の吐け口を特定の人間に求めること。
俺にしてみればこの女と夜を共にしたのは、溜まっていたものを出したかっただけで、何も恋をしたからではない。
適当に見てくれのいい女を見繕い、ホテルにしけこんだだけのこと。
それを恋と言われても……
ここで朝飯を食べ終われば、この女と会うことは二度とないだろう。
なのに……
「わたし、クロロが好きになったみたい。恋しちゃった。これからもわたし達一緒だよね。だから、クロロのことは何でも知りたいの」
真剣な眼差しで見つめてくる女。
お前はたった一回のセックスで、見ず知らずの男に恋することが出来るのか？
だいたい俺は、お前の名前すら憶えていない。
たった一晩限りの女の名前など、記憶に留めることすらめんどくさい。
あまりにも女の子供っぽい要求に、俺はコーヒーの入ったカップを握ったまま固まってしまう。
なんとか思い出した女の名前はニケ。
昨夜遅く繁華街のゲーセンで、一人遊ぶニケに声をかけた。
聞けば高校生で、プチ家出を繰り返していると明るく言った。
歳は俺と二歳しか違わなかったが、化粧した顔は大人びていた。
ニケは俺の誘いにすんなり乗ってきた。
そして今宵の仮宿となる、それ専用のホテルに泊まる。
ニケはいつもよりグレードがいいと喜び、場慣れしていた。
どうやらニケはプチ家出をした時は、容姿を武器にゲーセンで蜘蛛のように網を張り、自分好みの男が引っかかるのを待っているようだ。
そして後はお決まりのコース。
ニケにしてみれば、男が寝る場所さえ確保してくれればそれでいいらしいが、中には小遣いをくれる男がいるのだと、悪びれもせずにケラケラと笑う。
『お金なんか困っていないのに』、そう言った彼女の顔が一瞬寂しげに見えた。
若さゆえ奔放に……貪欲に一晩を貪り合う。
互いに盛りのついた獣のようだった。
想像した以上に男慣れした身体は、男の喜ばせ方もよく知っている。
誰だって十代の時のセックスなんてこんなものだろう。
興味本位で快楽を得ることに必死になり、気持ちより肉体が先行してしまう。
俺が見てくれのいいニケを選んだように、ニケも見てくれで俺を選んだはず。
そして快楽を求め、セックスに没頭しただけのこと。
ニケが常備している避妊具を使い切り、俺の手持ちも後一枚残すのみ。
一晩の最高記録だと笑うニケ。
俺がニケの背中を見ながら最後の一滴を絞り出した時、官能的な善がり声をあげていた喉は完全に嗄れていた。
疲れ切って眠りに落ちたのは、東の空が明けだしたころ。
僅かな睡眠でも、若さゆえに体力の回復も早い。
通勤時間の雑踏音を微かに聞きながら、寝起きの一発をニケと行い、ホテルを後にした。
裏通りに面した出入り口とはいえ、それなりに人通りのある場所で、ニケは堂々と俺の腕に自分の腕を絡ませる。
そして表通りに出たところで、目の前にあったこのファーストフードに入ったわけだ。
しごく単純な関係なのに、お前は一夜で劇的に恋に落ちたと言うのか？
思わず『何が原因で！？』と訊きそうになってしまうが、こういう場合は余計なことは訊かない方が賢明だ。
しかし何てめんどくさいんだ……興味深いといえば興味深いのだが。
蜘蛛となって流星街から飛び出し、最初に抱いた女がニケ。
情報として知っていたことが、形となって目の前に存在する世界に興奮を覚えた。
俺達はこれから幻影旅団として、この世界を席巻する。
そんな中で、ニケの言葉に軽いカルチャーショックを受けてしまう。
恋……俺の育った流星街で、あえて恋という言葉を口にした人間がいただろうか。
もちろん恋という言葉があるのは知っている。
だが生きることに必死な流星街において、恋という言葉は遠くにある言葉のように聞こえてしまう。
身近で耳にしていた男女の関係を表す言葉には、愛欲・肉欲といった生々しい物しかなかった。
俺自身、複雑に絡む欲望の真っ只中で生きてきた。
過酷な環境下で自己を抑え集団を率いることが、どれだけストレスの溜まることか。
今日を生き抜くための熾烈さ。
その反動を埋めるため、矛先は女に向けられる。
一時の快楽に自己を開放し、孤独という寂しさを肌の温もりで癒す。
そうでもしなければ、リーダーである自分と、クロロ＝ルシルフルという個人を両立させることは出来なかった。
『クロロの初恋って、いくつのとき？』
誰か女を好きになったことがあるか……もちろん好きになったことはある。
だがそれは恋と言えるようなものではなく……
「俺の方こそニケの初恋が知りたい」
強張った顔を緩め、質問を質問で返す……
答えに困り、話しを反らしたかったのだが、意外にもニケの反応は良かった。
「わたしの初恋？クロロ、知りたいの？」
自分に関心を示されたと思い込み、ニケは嬉しそうだ。
俺にとっては興味のない話しを一生懸命にしてくれる。
……微笑みを浮かべ、機械的に相槌を打つ。
ニケが一通り話し終えると、メールで毎日連絡しあうと約束をさせられ、その場を別れた。
ニケの背を見送りながら、当然のごとくメアドをその場で替え、二度とニケと会うことはなかった。
俺の初恋……憧れがないわけじゃない。
今までは生きることに必死で、時間的にも精神的にも余裕がなかった。
順番は違ってしまったかもしれないが……
俺は恋焦がれる女に出会えるだろうか……
いつかきっと、出会えるはず。
だから今は、恋する恋にしておこう。
End
2017/09/22 改稿
2010/02/18
Backクロロ＝ルシルフル、もしかすると、とてもロマンチストな男なのかもしれない。