『 話し合えば分かる』って言うけれど、分かり合えるくらいなら、最初から喧嘩なんかしやしない。
話し合えるくらいなら、戦争だって起こりはしない。
理解し合えないからこそ怒りが爆発するのだ。
下手に怒りを沈めようとする行為は、火に油を注ぐようなもの。
そう考えると今目の前で起こっている出来事は対岸の火事とは言えず、いつ我が身に降り注ぐ火の粉となりえる可能性もあり、今後の参考のために興味深く見ていた。
珍しくベロンベロンに酔ったフェイタンを、クロロと俺とで自宅に送り届ける。
そこで待っていたものは仁王立ちをした、合鍵を渡されているフェイタンの彼女。
いくらメールをしても返事のないフェイタンに業を煮やし、家にやって来たのだ。
「圧倒的に劣勢だな」
「そうみたいだね。圧倒的というより、完膚無きまでフルぼっこにされているよ」
「そのようだ。蜘蛛一素早いフェイタンに、反撃の隙を与えないとは大したものだ。今度団員の空きが出たら、ぜひ団長枠で入団を推薦したいところだ」
「空きね……このままで行けば、かなり高い確率で実現出来るんじゃないかな。もしかして念能力者じゃない団員なんて、幻影旅団始って以来じゃない？」
「どうやらそのようだな。次のNO２は、これで決定だな」
もちろんクロロが冗談で言っているのは分かっているが、少しフェイタンが可哀想になってきた。
あぁぁ～～～右ストレートが顔面に炸裂！！！
鼻血がだらりと垂れてきた……
もしかして、今の一撃で歯が折れた？
気のせいか、フェイタンの顔が変わってきたような気がする。
いやっ……気のせいじゃなくて、変わって来たんだ。
それだけ彼女の怒りが大きいってこと。
そんなことを考えている傍からスカートを翻し、鋭い回し蹴りがフェイタンの脇腹に決まる。
女って、怖い……
１年程前からフェイタンには付き合っている女の子がいる。
相手は出身地区は違うが流星街の出身者で、フェイタンが幻影旅団の団員であることは知っている。
俺は三度ばかりフェイタンの家で彼女と会ったことはあるが、クロロは彼女に会うのは初めて。
いつもは可愛いらしい女の子なのに、今は髪を振り乱して鬼の形相。
殴った拳からは出血しているというのに、攻撃の手を休めようとはしない。
こんなに酷い目に合わされるのなら、俺は女々しいと言われようと一目散で逃げるけど。
でも下手に逃げると返って相手を刺激するかもしれない。
むしろ耐えるだけ耐え、嵐が通り過ぎるのを待ったほうがいいのかもしれない。
そんなことを悠長に考えていると、目にも鮮やかな飛び膝蹴りがフェイタンの胸に大当り。
まるで枯れ木が二つに折れるような嫌な音……
フェイタンは顔を歪め、膝からゆっくりと崩れ落ちてゆく。
これではまだ足りないと言わんばかりに、床に倒れ込む寸前のフェイタンの襟を後ろから掴み、信じられないような力で引き起こす。
彼女のバカ力に、クロロと俺は顔を見合わせた。
不幸にしてクロロが主催した合コンに、趣旨を理解せず頭数合わせで呼ばれたフェイタンがやって来たのが事の始まり。
俺に言わせれば単なる女の子と親睦を深めるための合コンで、フェイタンのお持ち帰りはなかった。
もっともフィンクスは会の途中で早々と、気の合った女の子といつの間にか消えていた。
酒もかなり入り、雰囲気は親睦から親愛の段階へ移行しようとした。
そんな中で今回はフェイタンに人気が集まる。
フェイタンを可愛いと言って迫る女の子に、メアドを書き込んだメモをさりげなく渡そうとする女の子。
もっか恋愛中のフェイタンは、それを頑なに拒む。
そのことが逆に女の子達に対する好感度を上げ、フェイタンへの攻勢が強まる。
おかげで今回の合コンは、フェイタンの一人舞台となった。
俺とクロロとノブナガは完全にあぶれ、男同士で酒を注ぎ合う羽目に。
それに対しフェイタンは両手に花。
酒好きのフェイタンも酒を飲むだけならばと、彼女達の酌を受けていた。
どんなに酒を飲もうとフェイタンは、誘惑する女の子達を退け飲み続けた。
それなのに、突然自宅を訪ねて来た彼女に正当な言い訳を聞いて貰うことも出来ず、待っていたのはフルぼっこのお仕置き。
もっともかなり酔い、呂律の回らないフェイタンに言い訳が出来たかは不明。
第三者の意見としては、これはお仕置きの域を超え、暴行と言えるレベル。
これって十二分に犯罪で、フェイタンが蜘蛛でなければ傷害罪で訴えているところだ。
それにしてもただ飲んで騒いだ合コンが、そんなに罪なのか？
もっとも嫌がるフェイタンを、騙して参加させたのはクロロ。
合コンで数合わせは重要だ。
今回は五対五で、合コンをするには理想的な数。
こちらのメンバーは、クロロ・フィンクス・ノブナガ・フェイタンに俺。
さすが！クロロの集めた女の子達は見目麗い粒揃い。
しかも有名シェフの経営するレストランの個室を予約してあるとなれば、酒が入るほどに盛り上がる。
そのせいか最初は嫌々だったフェイタンもすぐに慣れ、最後はそれなりに楽しんでいた。
でもフェイタンの名誉のために言っておくが、絶対に浮気をしようなんて下心はなかった。
神に誓って！と、彼女に身の潔白を証明している最中、身体検査をされていたフェイタンのポケットから、女の筆跡で連絡先のメモが出てきたのだから堪らない。
そこに書かれた名前は合コンで、男共にニ番ウケしていた可愛らしい女の子。
いったい、いつのまに！
たぶん拒むフェイタンのポケットに、彼女がさり気なく忍ばせたのだと推測する。
レストランで堂々とフェイタンのことを可愛いと言って迫りまくった女の子とは別口だけど、俺だって普段は可愛いらしさで売っているのに、何で俺じゃなくてフェイタンなんだ……
俺がそんなことを考えている間にも、彼女の厳しいお仕置きは続いていた。
それでもしばらくすると……
やっとガスが抜けたのか？それとも疲れてきたのか？彼女の攻撃の手が緩くなる。
苦悶し、再び床に転がる哀れなフェイタン。
小さな紙切れの代償にしては大きすぎるとしか言いようがない。
彼女が冷静になった時、どう反応するのか楽しみだ。
隣に立つ根本的原因を作ったクロロも同様に、興味津々と言ったところ。
床に倒れ込んだフェイタンに、彼女は捨て台詞を残して去って行く。
な～んて、最悪のシナリオを想像していたけれど、そんなことは全くなくてつまらない。
冷静になった彼女ば夜叉から天使に豹変し、甘く優しい顔と言葉で手当を始める。
飴とムチ？
痛さを堪えながらも、でれッとしたフェイタン。
俺とクロロは思わず顔を見合わせる。
人は暴力と優しさを繰り返されると、ある種のホルモンが脳内麻薬となって快感を生み出すそうだ。
その快感から抜け出すことが出来なくなり、特定の暴力を与える人間から離れられなくなるという。
もちろん相手とは、恋人だったり亭主だったり。
これはエスとかエムと言われる類のものではなく、あくまでもホルモンの暴走。
嗚呼～～～バカらしい……
クロロと俺はいちゃつき始めたフェイタンと彼女を後にして、泊まっているホテルへ帰ることに。
途中、フェイタンと彼女の話しに終始する……というか、それしか話しはないだろう。
「…しかし、驚いたよね。フェイタンがあそこまで無抵抗だとは。それだけ悪いことをしたとでも思っているのかな？」
「そうでもないだろ。肋骨は何本か折れているだろうが、急所にダメージを受けないように殴られていたからな。サラシでも巻いておけば、三週間で完治するさ。彼女もあれで怒りを発散しただろうし、今夜は案外とホットな夜になるんじゃないか？」
「怪我をしているのに？」
「怪我していてもそれなりに方法を考えれば、いくらでも楽しめるだろ」
口元に卑猥な笑みを浮かべるクロロ。
クロロはいったい何を考えているんだ。
怪我の治る間、看護プレイに勤しむフェイタンと彼女を想像したのか。
これはこれでけっこう想像しがいのあるプレイかも……
でも俺としては、
「確かにそうなんだけど、俺だったら到底耐えられないね。肋骨を犠牲にしてまで、彼女の暴力に付き合うことなんて出来ない。クロロだったら出来るわけ？」
「俺に？冗談だろ。もっともそんなに尽くしたい女に出会ったことはないからな」
二人で顔を見合わせ、大笑いしてしまう。
クロロが言うのも尤もだ。
俺だって、身も心も尽くすようなイイ女に出会ったことがない。
ある意味フルぼっこにされたフェイタンは幸せだ。
それだけ愛されていると言うことだ。
自分を捨て、彼女に天秤は傾く。
いつになったら俺達の天秤は、彼女という存在の重さに傾くのか？
脳内ホルモンが溢れるのは遠慮するけれど、フェイタンが羨ましくないと言ったらウソになる。
俺の希望としては、何でも話し合って分かり合える彼女に出会ってみたい。
End
2018/09/15 改稿
2012/02/22 加筆・修正
2012/02/03
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