高層マンションの最上階で続く奇妙な生活。
１０１階の部屋は、地上から切り離されていた。
ペントハウス専用のエレベーターを止めてしまえば、そこは完全なる都市の孤島になってしまう。
食料と生活必需品は十分にある。
生きていく上で、特に支障をきたすことは何もなかった。
「少しはここの生活に慣れた？」
食事を運ぶ俺は、この一週間毎日変わらぬ挨拶をする。
ベッドに腰掛けた彼女は、ぷいと顔を横に反らし、決して俺と目を合わせようとはしない。
当然呼び掛けにも応じない。
出来れば不安気な眼差しをこちらに向けてくれた方が、可愛気もあるってもんなのに。
どうせ今日も食事を摂らないつもりでいるんだろ？
それが彼女に出来る唯一の抵抗だから。
ここに連れて来られた時よりも大分痩せてしまった体は、服の上からでも分かるようになってきた。
肌の色艶だって失われてきている。
すでに絶食すること一週間。
僅かな水分だけで生きながらえる。
元々たいした脂肪を蓄えているわけでもなく、そろそろ肉体が悲鳴をあげ始めている時期なんだけど。
まっ、生きるだけなら人間は、水のみで二週間は楽勝で生きられるが、そろそろ弱音を吐いて欲しい。
そんなことは噯気にも出さず、じっと耐えるつもりらしい。
不安から、泣き叫ぶことはプライドが許さないのか？
一体そんな我慢をして何の得があるのかと、俺には理解出来るはずもない。
「あのさ、食事をしてくれないと困るんだよね。俺、いちおう君を預かっている責任ってものがあるし」
「・・・」
「これ以上ハンガーストライキをするつもりなら、無理にでも食べて貰うけど」
優しく、だが語尾は威嚇するように言葉を押し殺す。
もっとも面倒を見る責任を与えた当の御本人様は、いっこうに姿を現さない。
一体どこへいったのやら・・・すでに次の狩りに夢中なのか？
そのくせ彼女の体の調子が悪くなろうものなら、その管理を問われるのは俺なんだ・・・『勘弁してよ・・・』と言いたかった。
でも俺の念能力だったら、彼女に食事をさせることは簡単だった。
その柔らかそうな体のどこかにアンテナを刺すだけでいい。
そして携帯にたった一文を打ち込むだけ。
『携帯する他人の運命』が発動され、君は俺の意のままに。
頑固に拒否し続ける食事も、君の意思に関係なく食事をさせることができる。
それとも『携帯する他人の運命』を使わず、手取り足取り、無理やり食べさせてあげようか。
それも楽しそうでいいのだけど、そんなことをしたら団長が渋い顔をするか・・・
できれば俺が優しく話しかけているうちに、大人しく言う事を聞いて欲しい。
彼女はいきなり振り返り、くっと俺を睨みつけてくる。
「あなた、あいつの何なの！？私をどうする気！？」
始めて開いた口からは、一週間絶食していたとは思えぬ勢いの言葉が飛び出してくる。
俺はにっこりと笑った。
「安心したよ。まだまだ元気がありそうで。出来たらその勢いで、食事をしてくれると嬉しいんだけど」
そう言って、彼女の目の前に運んだ食事を食べるように促がした。
「あなた、私の質問に何も答えてくれていないじゃない」
彼女は抉ような目で俺をじっと見た。
彼女にしてみれば、なんと理不尽なことか。
名だたる宝石を所有していたために幻影旅団の団長に狙われ、そのまま気まぐれで攫われてしまうとは。
団長の興味をそそるに十分な魅力のあったことが身の不運。
もっとも関心を買わねば、その場で殺されていたかもしれない。
幸か不幸か・・・
俺だっていきなり団長の私邸に呼び出され、『俺が帰るまで、この女の面倒をみてくれ』と言って出かけたまま一週間・・・
まるで子供が子犬を拾い、面倒が見れなくなって親に押し付けたようなもの。
・・・俺もある意味被害者か。
まったくもって大人気ない・・・あの人はそういう人なんだ。
ともかく興味を持った物には手を出さずにはいられない性分。
おかげで俺は遠慮なく付き合わされる。
そんなわけで、この奇妙な同居生活が一週間も続いている。
これが本当の子犬だったら、一週間も餌を与えていれば懐き、尻尾を振って可愛く擦り寄ってもくれるもの。
餌を与える方だって、境遇を哀れみ情も湧いてくる。
「本当に、君にはすまないことをしていると思っているよ。でも、あの人には俺も逆らえないんだ」
思わず感情をこめて訴えれば、彼女の緊張の糸がぷつりと切れる。
黒い大きな目から、ぼろりと涙が零れ落ちた。
華奢な肩を細かく震わして泣くさまは、庇わずにはいられない。
時として、仲間を裏切っても得たいと思うものがある。
百舌の早贄のごとく、捕食者はすでに彼女の存在を忘れている。
美しい獲物を枝先に突き刺さしているというのに、次の狩りに気を奪われる。
捕獲し、枝に刺した時点で彼の目的は完了したといえるのだろう。
後に行なわれることは、たんなる余興にしか過ぎない。
だから俺は、その獲物を遠慮がちに横取りをする。
枝に刺され干からびる前に、美味しくいただくのだ。
End
2017/03.25 改稿
2009/03/15 加筆・修正
2008/03/07
Backあえて誰の名前も出さず。略奪→放置プレイ→横取り えぐい流れとなっております。
私的にはNOVELシャルナーク全作品の中で、BEST３に入っているお気に入りの作品です。