「殺し文句だ？殺し文句なんて言う前に、相手を始末しているから俺には無縁な言葉だな」
それに、俺に向かって殺し文句をほざいた野郎もいないって、そりゃあそうでしょう。
よほどの愚か者でなければ、Ａ級賞金首！しかも幻影旅団の団長に、殺し文句を言う奴がいるとは思えない。
逆に言えるような命知らずがいたら、一度お目にかかってみたいもの。
いつだってクロロの答えはストレートだ。
確かにクロロは自分に関わりのない人間に対して冷淡な傾向にある。
もっとも誰しもが自分と関わりの薄い人間に対し、それほど思いやりや情を示すことはないが、冷淡に相手を扱うこともない。
ならばクロロと親しい間柄ならどうかといえば、情は見せるもののいたってフラットに接している。
だけど俺との関係は例外だ。
旅団の中で一番年下のせいか、こき使われているような気がする。
否！間違いなくこき使われている。
何しろ仕事以外でも、プライベートなことにまでパシリをさせれているのだから。
煙草を買ってこいとか、やれ首がこったからマッサージしろだの。
俺のことを召使いか何かと勘違いしているんじゃないかと思う時がある。
でも『有難うな、シャル』とか、『助かったよ、シャル』 なんて言われると悪い気がぜず、クロロの我儘にも目を瞑ってしまう。
むしろ嬉々としてクロロのために働いている自分がいる。
それに報酬と言う小遣いをたっぷりとくれる気前の良さ。
時には俺が欲しがっていた物をご褒美にくれる時もある。
なんだかんだ言っても、クロロはクロロなりに気を使っているみたいだし。
だが時として沈着冷静・頭脳明晰なクロロが、これでもかというボケをかます……まさにそれが今だ。
「あのさ、団長。その殺し文句なんだけど……」
仮宿となった安ホテルの一室で、鏡に向いオールバックのセットをしていたクロロが、ドライヤーを止めて振り返る。
「何だ、シャル。そんなに俺の殺し文句が聞きたいのか。そりゃあ、こんなかっこいい俺が殺し文句を言えば、ニヒル以外の何ものでもないけどな。せっかくだから、特別に聞かせてやってもいいぞ」
にんまりと笑う顔には、自信過剰というホルモンが大量に溢れ出している。
あぁ～～～クロロって、やっぱり俺様だ。
普通、自分からニヒルって言うか？
一般的にニヒルは『冷徹な人』とか『動じない人』って、歪曲した意味で使っているけど、ニヒルの本当の意味は、虚無主義者でしょ！クロロとは相反するものがある。
物事の意義や目的を明確に持ったクロロが言うには、ボケをかまし過ぎだと思う。
「いや、クロロのニヒルな殺し文句は今度聞くから。俺の聞きたい殺し文句は物騒な方じゃなくて、色のある口説き文句の方なんだけど……」
思わず俺は声のトーンを落として言った。
これ以上話しても実りはなさそうだ……こんな話しを振った俺が馬鹿だった。
なのにクロロの食いつきはすこぶるよい。
少しブルーが入った俺とは逆に、クロロの口元が卑猥な笑みを漏らす。
「つまり女の口説き方を伝授してもらいたいわけか。お前はいつも年上の女に甘えてばかりで、ろくな口説き方も知らなさそうだからな。たまに若い女を引っかけても、勢いで持っていっているだけだもんな」
へっ！冗談でしょ！
確かに童顔は武器にしているけど、殺し文句だって武器にしている。
それにクロロが言うように、年増のお姉さんも相手にはしているけれど、やはり若くて瑞々しい女の子は最高さ。
俺の感性と知性を最大限に活用し、甘い言葉で虜にして、ベッドの上で息の根を止める。
生まれた姿のままでぐったりと眠る女の子を横目に、征服者の美酒を口にする。
未だ狙った獲物を取り逃がしたことがないのが自慢。
思いっきりクロロにプライドを傷付けられ、かなり気分が悪かったが、一矢酬いようとした時だった。
「それで、どんな女を口説きたいんだ？どうせ金髪のヨルビアン大陸系の女だろ。たまには俺のように趣味のいいアイジエン大陸系の女と付き合えよ。どうもヨルビアン大陸系の女は大味で、一晩だけなら良いが、付き合うとなると味わいが足りない」
団長の天より高い毒舌が火を噴く。
だいたい大味だなんて、クロロの個人的な趣味に基づく感想でしかない。
自分の好みを人に押し付け、それでなんの得になるんだ。
もっとも人間は、自分が良いと思うものを概ね第三者に勧めたがる。
クロロとしては親切心で言っているのだろうけれど……
やはりこれ以上の会話は不毛だ。
早々に話しを切り替えよう。
仕事に出かける準備をすでに完了させている俺は、腰掛けていたベッドから立ち上がり、クロロの支度が済むあいだ読んでいた男性週刊誌をそこに置く。
「クロロ、もうすぐ仕事に行く時間だよ。早く服を着た方がいい。まさか裸で仕事に行くつもりじゃないでしょ？」
仕事前にシャワーを浴びるのはいつものこと。
腰に大判のバスタオルを巻いたままのクロロを促し、まだ話し足りなさそうなクロロの口を制した。
「当り前だ。この寒空に裸で外出でき///」
最後まで言い終わる前に、クロロの視線がベッドの上の週刊誌に釘付けになる。
丸めて握っていたはずの週刊誌がいつのまにか広がり、ドギツイ表紙が丸見えになっていた。
肉感的な半裸の金髪美女が、毒々しく微笑んでいる。
そこには緊急特集！！『殺し文句のベストセレクション♡これで意中の女をゲット！！』と、品のない煽りタイトルが大きく印刷されている。
読みたくて買った三流週刊誌じゃない。
バスに乗るためコインが必要で、バス停の近くにあった売店で札を崩すために買った週刊誌。
たまたま一番手前に並べてあったから、タイトルに目もくれずに手にした品。
団長の口角がきゅっと上がり、鼻で『ふん』と笑う。
そして人を小馬鹿にしたように、
「俺に殺し文句は必要ない。その代り、女は目で殺す」
そう自信たっぷりに言うと、濡れた黒曜石の瞳で、俺を味見するような目つきをした。
……よしてよ、その視線。
遠慮のない視姦にゾワゾワとするものを感じてしまう。
男の俺でもこれなんだ、もしも俺が女だったら……
刹那、女になった俺が、クロロの素肌に抱かれている姿が脳裏をよぎる。
クロロはバスタオルを外し、素肌のままゆっくりとファー付きの黒いコートをまとう。
斜に構え、背筋をゆるやかに反らす。
腹部から胸にかけ、無駄のない筋肉が浮き上がる。
妖艶に微笑む姿は、存在自体が殺し文句のようなもの。
世の中にはさぞかしクロロのような男に、殺されてみたい女の子が大勢いるのだろう。
……俺もクロロに喰われないように用心しよう。
色好みの激しいクロロに見境はないから……
End
2016/01/17 改稿
2009/03/15 加筆・修正
2009/02/14
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