Syarnorke 50
警告：テーマがテーマだけに、人によって立場と考え方が異なることが大きいかと考えます。従って、柔軟性をもって受け入れる方のみお読み下さい。INDEXに記載どおり、自己判断後の入室による苦情・中傷はお受けできません。



　ジーンズの腰ポケットに入れていた携帯が、メールの着信を知らせる。
出だしが独特の震え方。
このバイブが刻むリズムってさ……
画面なんか見なくても誰からだかよく分かる。
だからメールを読む気はなかった。
『またかよ……』 いい加減にしてくれと、愚痴の一つも出てきてしまう。
もうこれ以上つまらないことに巻き込まれるのはご免だと、メアドをこの場で素早く打ち変えた。
これで唯一繋がっていた俺との手段も完全に切れた。
もっと早くこうすべきだった。
手にした携帯をじっと見る。
この携帯で特に連絡を取りたい誰かがいるわけじゃない。
自分にとってさほど必要のないものだけが記憶された携帯。
本当に必要とする情報は、もう一つの携帯に保存していた。







「女か？」
「……どうして分かるのさ？」

にやっ笑ったクロロが、『昔からの付き合いだと』と軽く言う。
昔からの付き合いで分かるなら、今ここに居る他の連中だって気が付いてもいいはずだ。
付き合いだけならクロロと同じくらい長い。
だけどほかの連中ときたら……

　今回の仕事はクロロの粋な計らいで、久々に昔馴染みの８人で行った。
仕事は当然成功に終わったが、アフターワークの方に力が入る。
いつもなら単独か数人で仕事を組むことが多い幻影旅団だから、めったに集まることのない面子にボルテージも上がる。
しかも流星街時代からの付き合いとなれば尚更のこと。
祝杯を上げるのにも気合が入る。
豪快な飲みっぷりに、大量に持ち込んだ酒類が見る間に消えて行く。
積もる話しに花が咲き、廃墟となったホテル跡は飲めや歌えの大騒ぎ。
ついには余興で隠し芸までが出て来る始末。
こんな街外れの場所を酒宴会場に選びやがってと苦情も出たが、結果としては街から離れた一軒家の倒産したアミューズメントホテルにして正解だった。

人が使わなくなった建物は、魂を抜かれたように侵食が進む。
以前は豪華だった内装も剥がれ落ち、剥きだしになったコンクリートには、地元の暴走族がスプレーで描きこんだ悪戯書きがところ狭しとある。
時にはアベックでもやってくるのか・・・こんな場所でも気分が盛り上がるものらしい。
互いの欲求を満たした名残が足元に落ちていた。
クロロと俺はそれを踏まぬように歩き、騒ぐ皆とは少し離れたところに陣取った。
元待合いだったのか、二人で腰掛けようとしたソファーは意外に大きく、表面の革張りがいたるところ傷んではいたが、骨格は比較的しっかりとしていた。
俺はシートの埃を払い、缶ビールを片手にクロロと並んで腰掛ける。
するとクロロは 開口一番、

「それで、何か女ともめているのか？」

クロロが興味津々で訊ねてくる。

「もめてはいないけど、面倒くさい話しになっていた。 けど、もう連絡が付かないようにしたから問題は解決さ」

俺があっさりと答えれば、

「随分と簡単な解決方法だな。 つまり未練も残らぬ女だったというわけか」

未練！？ いいや！そういう意味で言えば、未練というより印象が強烈に残る女だった。
外見は俺の大好きなタイプで、ヨルビアン大陸系の美女。
そう、可愛いというよりは美人だ。
一見すると華奢で儚くて、寄り添ってやりたくなるような女。
だから俺らしくもなく翻弄された。
そのうえあっちの具合もかなり良かった。
今時の女の子には珍しいほど恥じらいがあって、加減しないと壊してしまいそうだった。
一時は熱くなり過ぎて、一人暮らしの彼女のところに夜な夜な通ったほどだ。
だけど今は縁が切れ、胸を撫で下ろしている。

細かく説明するのもめんどくさかったので、先程メアドを変えたばかりの携帯を腰のポケットから取り出し、最新の メールを開くとクロロに見せた。
余計な装飾語は付けず、『はい』と一言だけで携帯を渡せば、無言で黒い瞳が文字を追う。
日付の新しい順番にメールを読んで行くと、クロロは同情のこもった声で、

「災難だったな」

パチッと二つに携帯を折ると俺の手に握らせ、お疲れ様とでも言うように肩を軽くポンと叩く。

「自傷行為か……最悪だな」

「そう、散々振り回されたよ。 自傷癖だと分かってからも、ついつい相手のペースに嵌っちゃってさ……」

ちらりと儚げな彼女の顔が脳裏を過ぎったが、身震いをして記憶をリセットしようとした。

　自傷行為なんてやつは自殺とは違い、所詮パフォーマンスなのだ。
本当に死ぬ気なら、確実に死ぬ手段をとればいい。
例えば高所から飛び降りとか、高圧電線に触れるとか。
自傷することだけに満足するならば傷口を人目に晒さず、自分の中だけで昇華させればいい。
だが傷付けたことを人に話したがるのは、他人に関心を示して欲しいから。
自傷行為の理由が大切なのは当事者だけであって、巻き込まれた第三者にとっては必要のない話し。
所詮は自己中心的な考え方。
彼女は儚いのではなく、強かな女だったのだ。
相手の関心を買うために自分の身体を傷付ける。
そんなことをしなくても俺は彼女に夢中だった。
だが相手を縛ろうとする貪欲さが見えた時、背筋に薄ら寒いものを感じて急激に冷めていく。
どうせメールの内容はいつもと同じ。
手首を切ったというものに違いない。
そこには助けてくれとか、会いに来てくれとは書かれていないが、死を臭わせる一文は必ずある。
自殺を予感させる自傷行為。
俺が必ず駆けつけてくれるという彼女の自信が読み取れた。
実際彼女の意のままに、アンテナを刺されることもなく俺は何度も操られたのだ。
数々の戦闘経験上、腕首を切って出血多量で死のうと思ったら、かなり深く切らねば致命傷を与えられないことを知って いた。
ましてや助けに現れるタイムラグを考えたら浅く切るか、俺が部屋へ突入するのを見極めてから切らないことには本当に死んでしまう。
あくまでも生きて発見して貰わないことには自傷行為が成り立たない。

「それにしても自分を傷付け、何の得があるんだろう？」

ふと漏れ出た言葉に、

「自傷行為ってやつは麻薬的な要素があるらしい。 お前以外にも呼び出された人間は、男女問わず大勢いるんじゃないか？」

たぶん団長の言うとおりなんだろう。
無数に残っていた腕の傷跡。
既に消えかかった薄いものから、はっきり残る最近のものまで数えきれないほど。
傷口を止血し、抱きしめた彼女の身体が小さく戦慄いていた。
あれは死ぬ怖さで戦慄いたのではなく、助けてくれる相手を見付けてしまったことへの戦慄き。
刹那的とはいえ満足するという陶酔感が、一時的に脳内の麻薬ホルモンを生み出す。
そこから得られる快感。
一度覚えてしまった快感が、より強いものを求めて暴走する。
だが求められた相手にしてみれば、迷惑以外の何ものでもない。
何度も何度も飽きもせず・・・だから俺は拒絶した。
これから先、呼び出す相手が俺でなくなっただけのこと。



　人間生きていれば誰しも一度や二度は死にたいと思ったこともあるだろう。
その度合いも人によって様々だ。
救いを求めて優しい言葉に包まれたい時や、穏やかな腕の中に抱かれたい時もある。
だがそのことが酷く贅沢なことに感じられた。
流星街に捨てられたモノにとって死にたいという選択肢も、自分を傷ける選択肢もなかった。
何故ならば一日一日が生きることとの戦いで、歩みを止めた瞬間に死がやってくる。
自分を傷つけることなど考える余裕もなかった。
食べることだけが精一杯の毎日。
それほど生きるという基本的なところで切迫していたのだ。
死などというものは焦らずとも勝手に向こうからやってくる。
ましてや自分を傷つけることなど自己満足でしかない。
ならば自分だけの楽しみとし、他人を巻き込む必要はないはず。
『自傷癖』その字が示すとおり、自らを傷つける癖なのだから。
俺達にとっては無縁な言葉。

脳天気な仲間達の笑い声。
クロロと俺は顔を見合わせ、つられるように大笑いをしてしまう。








End

2015/03/20　改稿
2009/04/27

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蜘蛛にとって無縁な言葉で作品を作ってみたかった。