Syarnorke 53
最初から付き合う期間は長くても３ヶ月と決めていた
まずは試食という味見をして、気に入れば賞味期限まで食べ続ければいい
それ以上食べてしまえば飽きがくるし、それ以下ではもの足りない
彼女が可愛い女のふりをするのが辛かったように、俺だっていい人面するのは面倒だった。
本当の俺は無口で愛想が悪い。
機嫌よく話せる相手はごく少数に限られている。
ならば少しでもストレスを溜めぬように素を晒して生きればよいのかといえば、そういう問題でもない。
人間というものは、概ね悪性をオブラートに包み隠そうとする傾向にある。
そして多くの人間は、自分をより良い人間に見せたいと思っている。
自分の評価が上がれば多くの人が群がり、品質も向上して選択の幅が広がることを経験上知っている。
逆にオブラートに包むことで攻撃的になる奴もいるが、これはこれで本来の姿を晒すまいという行為。
俗に言う、過剰な防御反応というやつだ。
例えるなら肩をいからせ、自分の身体を大きく見せて威嚇するチンピラがその良い例だ。
そんな例は特殊な例として、ここでは除外する。
さて、話しを戻して……相手は自分側の人間か？否か？
特に男女の場合は警戒しながらも、品定めをしているから始末が悪い。
もちろん品定めとは恋愛の対象になるかどうか。
まずは視覚に訴える外観が重要な要素。
この時点で人間性はさほど問題にはならない。
女の中には外観を重視する男を非難する奴もいるけど、女だってかなりの部分を外観で選んでいる。
男だけが目くじらをたてて責められるようなことじゃない。
動物の世界だったらごく自然なこと。
より大きな身体や角を持っているとか、美しい羽や見事な鶏冠で飾っているとか。
人間だって当然その延長線上にいるのだから、男だろうと女だろうが、第一印象がとても大切だ。
付き合うという意味だけを考えれば、出会いの瞬間に９０％は勝負が付いているといってもいい。
特に男にとって気に入った女は、やれるかやれないかの対象。
これを抜きにしては語れず、実に単純明快な品定め。
それに対し女の要求は男よりも大きい。
外観+経済力といった具合に、+αの要素が追加される。
付加価値を常に求めていると言ってもいい。
どれだけ自分の物質的欲求を満たしてくれのか？
自分というブランド以上の見返りがあるのか？
打算的な見方が、初対面という場で瞬時に計算される。
だが計算に見合わぬ時は一気に御破算するか、マイナス要素を内面的なものに求めようとする。
しいて言えば経済力は劣るが、性格はよさそうだから付き合ってみようかとか。
内なる部分で天秤が揺れ動く。
女が男以上に計算高いのはしょうがない話し。
産み育てるという立場において、経済力は必要不可欠になる。
それに対し 男の女に対する選別は、DNAに刻まれた本能といってもいい。
彼女だって俺をたっぷり試食したはず
初対面で彼女が俺を気に入ったのはすぐに分かったよ。
俺の話しに合わせ、俺好みに見せようとしていたから。
どうやら俺は彼女の条件を満たしたらしい。
俺にとっては好みのヨルビアン大陸系の女の子ではなかったけれど、見てくれはとても良かったし、期限付きなら 付き合ってもいいかと思ったわけ。
それに試食の結果、あちらの具合もかなりいい。
「つまり賞味期限を設定したわけか。計算高いお前らしい話しだな」
……どういたしまして。
プライベートなのに、珍しくオールバックにしたクロロが冷ややかな笑いを返す。
そう……賞味期限はやってきた
ベッドに転がる賞味期限の切れた元食料は、規則正しく寝息を立てている。
俺は腰掛けていたベッドから立ち上がり、床に脱ぎちらかした服を拾いながら、
「あのさ、いつも言っていることだけど、 人の住まいに突如現れるのは止めてくれないかな。 電話をするとか、メールをするとか、手段は色々あると思うんだけど」
深夜に鳴る非常識なドアホンの音……酔漢の悪戯かとも思ったけれど……
わざわざ酔っ払いがマンションの最上階に上がってきて、ドアホンを鳴らす理由もないだろう。
モノのように横たわる女を横目に、ベッド脇に落ちていた下着を穿きながら玄関へと向う。
何てしつこいドアホンの音。
わざわざドアスコープを覗くまでもないか……
「近所迷惑だから、ドアホンを鳴らさないでよ！」
思わず玄関で叫んだ声の方が近所迷惑か。
鍵を外し扉を開ければ、昂然とクロロが立っている。
クロロは下着姿の俺を一瞥し、挨拶より先に家の中へと入って来る。
「用事があって近くに来ていたんだ。 お前の家が近くにあるのを思い出したので、ちょっと寄ってみた」
寄ってみたって……何もこんな深夜に！
自分本位なクロロらしい行動に、溜息を吐くしかない。
しかも居間に入るなり、半開きになっていた寝室の扉の中を勝手に覗きこむ。
ベッドには、先ほどまでセックスをしていた女が全裸で生々しく横たわる。
クロロの視線が女の一点に注がれた。
顔を横にして俯せになった女の首筋には、俺の刺したアンテナが深々と刺さっている。
何もここまで深く刺す必要はなかった……
俺はベッドに腰掛け、クロロは壁際に配されたカウチに座る。
そこで今の話しとなったわけだ。
「嫌になる！煩わしいんだよね。この女にしてみれば、尽くしたっていう意識があるから必要以上に代償を求めてきてさ。ブランドの高級バックはいくつも買ってやったし、一流レストランにも散々連れて行ってやった。海外旅行に連れて行けって言うから、エクゼクティブクラスで洋行した。俺だってかなりのことはしたはずなのに、要求がどんどん酷くなるんだ」
俺は溜まっていた不満を、したり顔で聞いているクロロにぶちまけた。
いい加減辟易としていた。
賞味期限には数日早いが今夜で別れる決意を固めていたところ、 最後となる性交中にいつもと違う何かを女は感じたのか、ささいなことで言い争いになってしまう。
この３ヶ月間、女はただの一度も見せたことのない表情で噛み付いてきた。
気に入られようと、可愛いふりをしていた仮面が無残にも剥がれ落ちてしまう。
愛らしく底なしにおねだりしていた顔が、夜叉に変わる瞬間。
おかげで俺も感情が沸点に達し、枕元に忍ばせていたアンテナを、思いっきり刺してしまった。
賞味期限は必ずやって来る
大人しくこのまま別れていれば、本当に廃棄されずにすんだものを……
俺は愛用の携帯に手早く文字を打ち込む。
朝のテレビニュースには、若い女性がビルから飛び降り自殺をしたと伝えるだろう。
俺はただ、美味しく彼女を味わうつもりだった。
だから最初から賞味期限を定めた。
限られている時間の中だから、偽りの愛に徹することが出来たのに。
服を纏った彼女が、部屋を出て行くのをクロロと静かに見送った。
賞味期限とは、あくまでも保証期限のこと
延ばすことも縮めることも可能なはず
なのに、いつになったら心置きなく延ばすことが出来るのか
素をさらし、安堵できる胸に俺はまだ出会えない
End
2015/03/23 改稿
2009/11/01 加筆・修正
2009/04/30
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