警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
比喩として心の荒んだ状態を、『心がささくれ立つ』と言った表現は知っていたけれど……
君が何気なく口にした言葉が、俺の心臓にぐさりと刺さる
「シャル。ささくれが出来てるね」
ソファーに深く座り、腿の上に置いたノートパソコンを操作していた俺に、遊びに来たモネが可愛らしい声で言った。
キーボードを打つ手を休めると、隣に腰を下ろしたモネが優しく俺の手を握り、じっと左手の人差し指を見詰める。
「シャル、親不孝しているでしょ」
ささくれと親不孝という関連のない言葉に思考回路が驚き、適切な返事が出来なくなってしまう。
ささくれとは爪の根元の表皮が、笹の葉のような形に剥ける状態を言う。
原因は水分・油分・栄養の不足が主なものとされている。
特に乾燥した冬場になりやすいのだが、酷いと血が滲んだり、感染から皮膚炎を起こす場合もある。
栄養と衛生状態の悪い流星街では、ささくれのない子供なんていなかった。
だから誰も気にかけない。
対処法としては清潔にし、油分を補えばいい。
早い話し、ハンドクリームを塗ってやればよいだけのこと。
これがささくれについて俺が知っている限りの知識だが、流星街に気の利いたハンドクリームなどあるはずもなく、またあったとしても俺達の住む、最悪の地区で手に入れることは極めて難しい。
だいたいささくれ程度のダメージは傷の内に入らず、むしろ皸や霜焼けと言った類の方が何十倍も辛い。
今思い出しても冬場になると、皸でジンジンする指先の痛みは辛かった。
それに春先になるとムズ痒く、それでいて痛い霜焼けも耐えがたいものがある。
「ささくれはね、夜遊びや食生活の乱れなど、親の言うことを聞かず不摂生して、親に心配をかけているからなるとか、苦労している子供を見る親は不幸だとか、昔から色々と言われているのよ。今は真面目そうに見えるシャルだけど、大分親に心配をかけた口なのかな？」
俺が親に心配をかけたって？
俺がやんちゃをして、親に心配をかけていたとでも言いたいのか？
むしろ俺を流星街に捨てた親は、清々していることだろう。
ふざけるように言ったモネの顔に悪意はない。
「悪い…モネ。俺の記憶には、親というものがいないんだ」
遠慮がちに言った言葉に、モネの顔から血の気が失せる。
「ごめんなさい。私、深い意味があって言ったわけじゃなくて……」
握っていた俺の手を思わず離しそうになったモネの手を、俺は両手で包む。
長くて白い美しい指。
その先端にはネイルカラーなどせずとも、健康的な桜貝のような爪が生えている。
モネの温かく柔らかい手を、自分の頬に押し当てた。
俺の手は子供の頃からの重労働と、過酷な鍛錬で節くれだち、逞しいというに相応しいものになっていた。
手は年齢を隠せないとか、過去を語ると言われている。
まさにそのとおり。
言葉は誤魔化すことが出来ても手には嘘が吐けない。
男女の違いはあれど、オレとモネの手は対照的だった。
「気にしなくていいんだ。だって俺達は付き合い始めたばかりで、まだ俺は自分のことなど大した話しもしていないのだから」
腿の上に置いてあったパソコンを、目の前のガラステーブルに置くと、モネを静かに抱き寄せた。
知り合ってまだ一ヶ月半。
たまたま留学でこの国にやって来ていたモネに声をかけた。
当然俺好みのヨルビアン系。
しかも大学でコンピュータサイエンスを専攻しているだけあって、共通の話題に事欠かない。
物腰の柔らかさと親しみ易い性格で、仲間以外は棲家に入れないと決めていた俺の心のカギを外させ、モネは部屋の半住人となっていた。
先週ここへやって来たクロロが寝室に落ちていた長いブロンドヘアーに気付き、『隠れ家に連れ込むほどいい女なのか？』と訊かれ、返答に困ってしまう。
モネが居るとただ眠り、自分の居場所を確保するだけの空間が、何となく温もりのある場所へと変わる。
付き合った男の過去を知りたがる鬱陶しい女が多い中、モネは詮索ということをしない。
こちらも根掘り葉掘り素性を訊くことはしないが、品の良い立ち振る舞いに、親の躾の良さを感じることが出来た。
そんなモネが俺のために最初に作ってくれた料理は、時間をかけて煮込んだビーフシチューにパスタを添えた一皿。
サイドディッシュは新鮮なグリンサラダ。
煮込まれるシチューの良い香りに、飢えた腹の虫が鳴く。
我慢出来ずに味見と称しつまみ食いをしようとすれば、モネが頬を膨らます。
『はいはい、分かったよ』と言いつつ、飢えた俺は胃袋より先に、下半身の飢えを満たすことにした。
『だめっ、シャル。こんな所で』と口にしたモネには、セックスはベッドの上でやる物という固定観念があるらしい。
ならばシチューが煮込まれるまで、その固定観念を俺はぶち破ることにした。
口ではだめと言ったくせに、流しに押し付けキスをしながらスカートをめくり上げ、モネの下半身をまさぐれば……下着の上からでも分かるほど濡れている。
モネにとって俺は最初の男じゃなかったけど、モネを感じやすい身体にしたのは俺だ。
モネ自身が驚くほど、この一ヶ月半の間にモネの身体は急激に開発された。
だから熟知したモネの身体を散々焦らし、この場で俺のことを欲しいと口にさせた。
ほらっ、ベッドじゃなくても出来るだろ？
どこだってやる気になれば出来るんだ。
いつもと違うシチュエーションは刺激的で、感度をさらに上げたモネの身体。
俺はモネを後ろ向きにさせ、流しの縁に手をつかせた。
モネは小さく『いやッ』と言ったけど、自ら腰を付きだした。
ダイニングテーブルではなく、ガラスのテーブルに置かれた料理。
「シャルのせいよ。せっかく煮込んだのに、少し焦がしちゃったじゃないの」
「でも凄く美味しよ。このサラダも美味しいし、ドレッシングはモネのお手製だね」
「モー、シャルったら調子がいいんだから」
俺はスプーンをシチュウーの皿に置くと、隣でサラダを食べていたモネを抱き寄せ、可愛く睨みつけてくるモネの唇を軽く啄ばむ。
すると口から漏れる甘い吐息。
握っていたフォークを落としそうになったモネの手を握り、
「なに？モネ。さっき散々キッチンでやったばかりだろ。もう欲しくなっちゃったわけ？
モネって、本当にHが好きだよね」
俺の一言に、とろりとした表情が我に返る。
「シャルのイジワル！」
握った俺の手を解き、再びサラダを食べ始めるモネ。
食事が終わって一段落したら、今度はバスルームでしようと決めていた。
新たに経験した刺激の大きさで、モネの頭からはささくれの件などあっさりと消えていた。
モネの頭と身体の中は、今までになかった新たな昂ぶりで一杯だ。
これでモネが俺の指先を見詰めることは二度とないだろう。
何気なく言ってしまった言葉に、彼女が罪の意識を感じる必要性はない。
そして俺も自分の指先を意識しないでいられる。
互いのために、不必要なことは触れずにおくべきだ。
それが長く付き合って行ける方法だから。
End
2018/10/17 改稿
2010/02/14
Back初稿時はバレンタイン向けの甘い作品だったが、八年経ち時期も違う時に改稿すれば……完全に別の作品になってしまう。もしもバレンタイン直前の改稿だったら、甘い作品に仕上げたと思う。やはり秋はアンニュイ。初稿時とほぼ同じなのは、タイトルより前だけになってしまう。