Syarnorke 89



俺らしくないときめきに失笑してしまう
もちろん笑い声にはせず、心の中で笑っただけ
単純すぎる・・・
普通に考えればこれは恋の始りというやつだけど、同時に恋の終わりでもある
それなのに今年もまた・・・恋はさくらいろに染まる







　クロロ達と野望を持って流星街を飛び出し、外の世界で初めて見た桜の花に意識を奪われそうになった。
丁度冬から春に入り人工的な色しかない都会に、いきなり自然の繊細な色が現れる。
気にもとめていなかった冬枯れの街路樹に、公園の木々や住宅街の庭先。
ごつごつとした幹から生える枝の先端には、硬かった蕾は確実に膨らんでいた。
そしてぽつぽつと咲き始めた思ったら、数日で満開になってしまう。
初めて桜の花を見る俺にとって、劇的な変化だった。
桜色と呼ばれる淡いピンクの花の集まりに、完全に毒気を抜かれてしまう。
淡く儚い色に浮かれながら歩く人々とは逆に、荘厳で神秘的なものを見ている気分に俺は陥る。
俺達の住んでいた場所にだって可愛らしい花は咲いたが、桜のように集花で咲く木を見るのは始めてだった。
ゴミ捨て場で拾った写真集の中で桜の木の存在は知っていたが、まさかここまで霊験さがあるものだとは思わなかった。
この木独特の霊妙さに、やられという感じ。

身も心もざわめく・・・

　覆いかぶさるように道の両側からせり出してくる桜のトンネルを見上げていた。
立ち止まってしまった俺に人の波が押し寄せてくるが、障害物となった俺を器用に避けて行く。
これではまるで都会に慣れしていない田舎者を丸出しにしているようだ。
俺はそれが分かっていても、桜の神秘性に足が竦み動けずにいた。
しばらくしてやっと気持ちが落ち着き視線を下ろすと、鎮まろうとしていた水面に小石を投じる光景に出合ってしまう。
桜が国花であるこの国の伝統的な衣装を着た女性。
足首まである桜色をした丈の長い着物に、四角い形をした長い袖。
美しく背中で結ばれた青白橡の帯は、若い女の美しさを上品に表現していた。
漆黒の滑らかで艶やかな髪をアップにし、桜の花弁が透かし彫りされたバレッタでまとめている。
改めて周りを見回せば、どの女も俺が育った土地の女達のように荒んだ感じはなく、皆美しい。
その中でも彼女は特に俺の目を惹いた。
落ち着いた雰囲気から、俺より少し年上ではないかと感じた。
彼女が歩くと袖に描かれた桜の柄が揺れる。
桜の精がいきなり現れたと言ったら類型的だが、他に適切な言葉が見当たらない。
ただ美しいのではなく、その場に溶け込んでいるくせに彼女独特なオーラを放つ。
隣を歩く友人らしい女も美しいのだが、種類が違っていた。
襟元から項にかけて白い肌が露出し、黒い髪とのコントラストを作る。
憂いを帯びた微笑が何ともいえない。
すれ違う人間がさり気なく彼女を見るのだが、それは桜の花を愛でる延長線上にある視線だった。
俺もしばし彼女に意識を持っていかれていたが、人混みに彼女の姿がかき消されて我に返る。
何を思って彼女を追いかけたのか分からなかったが、時すでに遅しで再びその姿を目にすることはなかった。

いつまでも心臓は高鳴り、どう自分の感情を処理したらよいのか分からない。
こんなことは初めての経験で、自分は何か悪い病気になったのではないかと勘違いしたほど。
それが初めての恋であったことは、ずっと後になって気が付いた。
色男を自負し、さんざん女の子とは気持ちよい付き合いをしてきたはずなのに、真の恋をすれば過去の経験は何の役にもたってはいなかった。



　季節は移り、蜘蛛として充実した活動をすると共に自分の仕事にも精を出し、俺の手はどんどん血で汚れていくが、一年に一度赤い汚れを洗い流すかのように、あの桜のトンネルを訪ねてしまう。
最初の時に受けた桜花の美しさの衝撃はだいぶ薄れたが、それでも桜の花は俺の中で特別なものだった。

そして今年も・・・

彼女の姿を再び人混みの中に見付けてしまう。
今度の連れは女ではなく男だった。
背は高かったが、どこにでも居そうな男。
二人は幸せそうで、誰の目から見ても恋人同士なのだと分かる。
忘れていた胸の高鳴りが蘇るものの、それはすぐに痛みへと変わる。
締め付けられる胸に手を当てながら、動くことも出来ずに二人の姿が雑踏に消えるのを見送った。

時は流れて行く・・・

翌年も満開の桜の木の下を、あの男と仲睦まじく彼女は歩いている。
変わらぬ美しさ・・・
ただ一つ変わったものは、彼女のお腹が膨らみを持っていたこと。
それでも俺の胸はときめき、同時に心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥った。

さらに時は流れて行く・・・

彼女と出会って４度目の桜の季節、腕の中には赤ん坊が抱かれていた。
その横には、至福の笑顔であの男が立っている。
やはり胸は高鳴るが案の定、心臓がぐっと締め付けられて呼吸が乱れてしまう。

今年もまた・・・

苦しい思いをするのが分かっているくせに、足は咲き誇る桜並木に向っている。
ほのかに香る桜の香り・・・
今年はどんな光景を目にするのだろうか。
再び彼女のお腹が大きくなっているのか。
幼い子供の手を引いているのだろうか。
相変わらずあの男は寄り添っているのか。
ともかく彼女があの桜の園に来てくれるだけでいい。
他意はない・・・
彼女と出会えるだけで、俺は１年間幸せなのだから。

叶わぬ恋・・・・

俺は非現実的にも、血の通う桜の精に恋をしてしまったのだ
誰かさんが知ったら笑うだろう
それでも俺はこの季節、恋をしてしまうのだ
生々しい現実に目を背け、赤く汚れた手に目を瞑り、繰り返される初恋
花盛り、俺は一人恋をする








END

2017/03/01　改稿
2011/03/02

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初恋なんて成就しないもの。そんな切ない恋が書いてみたかった。リピートする、シャルナークの純粋さを表現したかった。