「ウボォーギンさん。少し骨盤が歪んでいますよ。何か無理な事しませんでしたか？」
ほんわりとしたかわいい女の声が、治療室によく通る。
女の手は休むことなく、背から腰にかけてマッサージをする。
特注で作られた大きな治療台に、ウボォーギンは頑強な身体をうつ伏せにしていた。
「そうかぁ？そんなに激しい体位はした覚えは無いんだが……」
女は顔を赤らめながら、
「いいえ…そういう意味じゃなくてですね……」
さすがにこの時は手の動きが止り、次に何を話せばいいのか困ってしまう。
「だったら、どういう意味なんだ？」
ウボォーギンは生真面目なミーナの反応を面白がっていた。
それがセクハラだと言われようが、可愛らしいミーナにちょっかいをかけたくてしょうがなかった。
女の名前はミーナ。
ミーナは念能力を使った整体師。
師匠はビスケット＝クルーガーという変化系の女性。
厳しい修行を経て、最近師匠から免許皆伝を与えられ、晴れて整体師として治療室を流星街のC地区で始めた。
腕の良さはすぐに評判となり、遠方からも患者はやって来る。
おかげで予約は途切れることなく、今や予約なしでは治療して貰えないほど。
ミーナのテクニックは師匠譲りのハイスペックな整体と、針にマッサージ。
彼女の指技を使えばどんな肩凝りであろうと、腰痛でもたちどころに回復してしまう。
だから一度治療すれば、次のダメージを受けるまでは治療する必要はなかった。
それがこの大男に限っては、ここのところミーナの治療室に頻繁に現れる。
ミーナにしてみれば治療は一度で完璧に施したはず……
だがそれも数日すれば荒事で、この大男は体を壊してやって来る。
否、壊すとと言うよりは、事前に調整しに来ると言った方が良い。
最近になり、男が幻影旅団の特攻であることをミーナは知ることになる。
色々と曰くのある強面のする男ではあったが、ミーナが不思議と怖さを感じることはなかった。
なぜなら数度目の治療から、ここへ来る時に道端で摘んで来るのか、可愛らしい野花を携えて大男はやって来る。
外見とはアンバランスな気の配りように、大男に対する好感を生み出していた。
今も小さな空き瓶に活けられた清楚な白い花が、ミーナの目を楽しませている。
そんなウボォーギンは彼女の顧客の中でも群を抜いて身体が大きく、整体には大変苦労した。
まるで鋼と戦っているようだ。
念の針を刺しても半分近くは折れてしまい、被害は甚大。
倍の料金を貰っても、治療内容には見合わぬものだった。
それでも遣り甲斐のあるウボォーギンの身体が、ミーナは大好きだった。
この人を満足させることが出来れば、私は目指す師匠に近づける！
そう信じ、念を籠めた針を痛めた部位のツボに刺す。
するとエネルギーを注入するかのように、活性化されて行く細胞。
仕上げは同じく念で作り出したキャンディーちゃんが、至福の愛撫マッサージをしてくれる。
こった筋肉を緩ませ、全身を蕩けさせるような感覚に誘う。
「はぁ～気持ちいいぜ……」
治療台のヘッドレストに顔を押し付け、涎を垂らさんばかりに極楽気分を味わう男。
「……ウボォーギンさん、気持ちよくて喜んでいただけるのは嬉しいのですが、その前の『はぁ～』はやめていただけませんか」
「どうしてだよ？気持ちがいいから思わず出ちまうんだ」
時折りウボォーギンが漏らす、悦楽の吐息……
「……だってその声、何だかHっぽいですよ」
ミーナにはウボォーギンが自分をからかっているとしか思えなかったが、ウボォーギンにとってはミーナによって作られる、至福の時間に身を委ねることが楽しみであった。
「有り難うございました。２時間の治療で３万ジェニーです」
精気を取り戻し、意気揚々に帰って行くウボォーギンに対し、ミーナはぐったりとしている。
いつも男が帰った後は、治療室の入り口には『closed』の看板が掛けられた。
そして先ほどまで治療に使っていたベッドに、ミーナは疲れきった身体を横たえる。
何しろ鋼のようなウボォーギンの身体と戦い、精も根も尽き果ててしまう。
身体はぐったとするミーナだったが、快調になったウボォーギンを目にし、精神的には満たされていた。
さっぱり顔のウボォーギンが、Z地区に根城を構える幻影旅団のアジトへと戻って来る。
鼻歌交じりで玄関の扉を開ければ、居間のソファーではクロロが読書をしていた。
「ウボォー。最近お前、出かけることが多いよな。戻ってくるとやけに楽しそうだし、何かいいことでもあるのか？」
クロロが本を閉じて尋ねた。
「俺も歳だから、最近は身体がきつくてな。いつ仕事が入ってもいいように、身体のメンテナンスをしないといけないかと考え、腕のいい整体に通っているだけさ」
「それは良い心がけだと思うが、まだそんな歳でもないだろ。それとも仕事がキツイという俺への当て擦りか？」
クロロはウボォーギンを、冗談交じりで睨み付けた。
「バカいうな団長。そんなんじゃねぇ。本当に腕のいい女整体師で、一度やってもらったら病み付きの心地良さだぜ。おかげで睡眠まで深くなったような気がする」
ウボォーギンは思い出したように、目をとろりとさせ、ついでに鼻の下も伸ばせてしまう。
そんな表情を見て、クロロは身を乗り出して訊ねた。
「そんなに腕がいいのか？ならば俺も是非行ってみたい。で、その治療室はどこだ。出張サービスもしてくれるのか？」
真顔のクロロに対し、ウボォーギンのクロロセンサーが反応する。
まずい！ミーナがやばい！クロロの好みではないが、もしかしてということもある。
ミーナにクロロを近づけないのが一番だな。
ウボォーギンは真面目な顔をして、補足するように言った。
「団長。整体師の女は腕は良いが、５０代半ばのゴリラみたいな女だ」
「本当か！？ウボォー」
クロロは少し考えた。
「そうだな……その位の女でなければ、鋼の身体を持つウボォーの整体は出来ないよな。……治療は遠慮しとく。俺はまだまだ若いから」
クロロはそう言うと、手にしていた本を再び開く。
ウボォーギンの顔に安堵の色が広がってゆく。
これでミーナにとって危険は回避された。
大好きなミーナ
俺は至極の愛撫に身を委ねる
お前の指に俺の心と身体は翻弄される
俺は熱い吐息をもらし、果ててしまう
一度体験したら、中毒を起こしてしまう甘美な指技
それは蕩けるような、愛らしいミーナが生み出す『桃色遊戯』
End
2018/12/02 改稿
2009/03/13 加筆・修正
2007/01/18
Backビスケのクッキィちゃんに対し、ミーナはキャンディーちゃんです。安直なネーミングに反省……