昼間はお上りさんや外人観光客で賑わう、アイジエン大陸屈指の繁華街。
道の両側には高級な飲食店やブランドが建ち並ぶ。
ｐｍ９：３０ 、大人の街として名だたるこの場所は、仕事帰りの富裕層が闊歩する。
裏通りには老舗と呼ばれる店が軒を並べ、高級セダンが横付けされていた。
そんな街中を、俺は標的を追いかけていた。
背後から女の肩越しに、ずしりと声を落とす。
「おい、お前！」
名前なんてまだ知らない。
取り敢えず、振り向くように呼び止めた。
この場合、適切な呼び方としては『お前』か、『きさま』か、悩むところだ。
『へい、彼女♪』では、大気圏まで飛んでいきそうな軽さで、アホ丸出しのナンパ野郎！
『すみません、お嬢さん』では硬すぎる。
それ以前に、『お嬢さん』と声をかけるような上品な外見ではなく、ぷっと噴き出したくなるほどユニークな奴だった。
分類的には女だが、女性というには程遠い生き物。
スカートこそ穿いているが、身体には女性らしい凹凸というものがなく、むしろ幼児体形に近い。
しかもこのハイセンスな街中を歩くには、少しダサイ服装。
本来なら、俺の守備範囲にかすりもしないこの女に声をかけたのは、その行動が面白かったから。
現に今だって、背後から声をいきなりかけられ振り向くことなく、慌てふためき、すぐ横にあったポストの後ろに身を隠す。
一本足のパイプの上に箱をのせたようなポストでは、いくら子供でも全身を隠すことは出来ない。
それなのに、肩を竦めて必死に身を隠し、そのくせ顔を半分だけ箱の横から出し、こちらの様子を窺う。
まるで小動物が、巣の中から頭だけを出し、外の様子を探っているような恰好だった。
「脅えるな。用事があって呼び止めたんだ」
俺としてはそれなりに、穏やかに言ったつもりだった。
ただし優しく言ったつもりはない。
女の顔が引き攣り、口元をやたらヒクヒクさせているくせに、妙に可愛い。
多分顔のつくりが子供っぽく、黒目がやたら大きいからだろう。
口元のヒクヒク感も、ハムスターが餌を食べている姿を連想させる。
女として可愛いというよりは、まさにペット的な可愛さだ。
それも犬猫を除いた小動物系。
逆に人間と考えた場合、やたら苛めたくも泣かせたくもなる、ちんちくりんな顔だ。
無条件に責めたくなる……いや、違う！俺は何を考えているんだ。
よく見ろ！この顔は脅えているんじゃない。
俺を警戒している顔で、当然と言える。
普通、見ず知らずの人間に、『おい、お前！』と声をかけられ、警戒するのは当然のこと。
しかしここまで露骨に警戒心を顔に出すか？
これは第一警戒網に引っ掛かっかった犯罪者をみる目だ！
もっとも俺はA級賞金首の犯罪者だが……
警戒心を持つのは自由だが、表情に出すな！愛想笑いの一つでもしたらどうだ！？
それとも俺を近づけまいとの威嚇行為か！！！
それならば、俺の必殺技を見せてやる。
一歩前に出て、甘い笑みをつくり小動物を見つめる。
警戒心という壁を溶かし、その目力の前に女は腰砕けになる……筈だった。
女はポストの陰に完全に顔を引っ込めてしまう。
えっ！！俺の女殺しの笑みが通用しないのか？そんな筈はない！
下は３歳から、上は年齢制限無しの笑みだぞ！？
女は短い足で、ポストを背に猛然とダッシュする。
きさま！俺様から逃げられると思うのか！！
弾かれたように地面を蹴った。
まるで獲物を追いかける猫科の動物のように。
女は人混みに紛れ、ちょろちょろと逃げ廻る。
どうやら俺の笑顔は、単に警戒心を煽るだけに過ぎなかったようだ。
ともかくひっ捕まえて、俺という男を認識させてやる！
女の前に一気に回り込む。
腕を思いっきり広げ、勝手に胸に飛び込んで来る女を待つ。
目の前の俺の存在に気が付き女は急ブレーキを踏むが、こと既に遅し。
交通事故よろしく、胸に勢い良くぶつかってきた。
同時に俺の両腕は、がっちりと彼女を捕らえて放さない。
顔を胸に押し付けられフガフガと、女は呼吸困難になっている。
横を擦り抜けていく通行人には、仲の良い恋人同士が別れを惜しみ、熱い抱擁をしているにしか見えないはず。
じきに女は酸欠となり、ぐったりとしてしまう。
俺様に完全に身体をあずけ……なかなか可愛い奴じゃないか♪
大胆にも年上の男を誘うとは、なかなか積極的な女だ♪
先程まで、この女とは同じレストランに居た。
有名シェフが経営する、パスタとピザをメインにした洒落た店。
欲しい本を探しにこの街にやって来たが、首尾よく本が手に入り、俺はご機嫌だった。
赤ワインをボトルで注文し、俺は店自慢のパスタを食べていた。
そんな中、一際目立つグループが、半個室となったエリアに陣取っていた。
席は少し離れていたが、俺の場所からは中の様子が手にと取るように見えた。
身形の良い男女７人ずつのグループで、どう見ても合コン。
話し声は楽し気で、かなり盛り上がっていた。
男達は３０歳前後、医者か弁護士か？それなりに地位のありそうな連中だった。
容姿もそれなりに整っている。
女達もまた、モデルなみの容姿。
歳はどんなに高くても２５歳程度。
雰囲気からして、仕事は一流企業の秘書といったところか。
互いに男女のかけ引きを巧みにしている。
その中で浮いた存在がこの女。
すらりとしたモデルばりの女達の中に、ずん胴で１５０センチに満たないこいつは、別の意味で目立っていた。
互いの関心を買おうと、話しに興じている男女の中で、ひたすら食べることに集中している。
端の席に身を置き、もくもくと料理を片付けてゆく。
その顔は、実に幸せに溢れていた。
決して美人ではなかったが、満たされきった顔は遠目に見ても可愛らしく見えた。
たまに彼女に話しかける男もいたが、女が興味を示さないので、自然と誰も話しかけなくなってゆく。
まるで頬袋に食料を詰め込んだハムスターのようだ。
どう見ても、足りなくなったメンバーの穴埋めに、急遽連れてこられた女。
どうせ会費は男持ちだろう。
『好きなだけ無料で食べていいんだから』とでも、同僚の女に誘われたか。
それとも美しい女達を更に際立たせるため、悪意で用意された女。
必死に媚を売る女達をしり目に、見事なまでにガツガツと喰らう。
自分の美しさを意識して罠を張るメスの中に、無防備な子供が紛れ込んでいるようにも見えた。
男女のかけ引きに無縁な女。
俺はだんだんと、この脳天気な女に興味を持ち始めていた。
合コンが始まって一時間半も経ったころ、女が席を立つ。
自分達の話しに夢中な男女は、女の行動に気が付かない。
どうやら化粧室に行くらしく、俺は今がチャンスと、彼女の後を追う。
俺はバックヤードの廊下で、女が化粧室から出て来るのを待った。
腕を組み壁に凭れ掛かっていると、じきに女は化粧室から出て来る。
化粧を直していたのか……
俺の目が、女の口元に吸い寄せられた。
食事でとれてしまったグロスが、艶よく塗られている。
プルプルと、ぽってりとした唇。
ここだけを見ていれば、食いつきたくなるような唇で……身体の芯が熱くなって来る。
壁に女を押し付け、あの唇を貪る。
同時に膝で相手の足を割り、擦り上げる……
一瞬妄想にはまり目を閉じた刹那、女は俺の前を通過していた。
はっと我に返り、目の前を通過した小さな背中に視線を向けた。
心の中で叫ぶ『おい！こら！俺をちらりとも見ず、無視する気か！？』
女にとって俺は単なる壁の飾りか？それ以下か！？
それとも化粧室に通ずる廊下で見知らぬ男が腕を組んで突っ立っていれば、変質者と警戒されてしまったか。
どとちらにしても俺の存在は、女にとって空気に等しいものだった。
おかげで俺のプライドが、パリンと音をたてて壊れてしまう。
俺は慌てて女を追いかけた。
バックヤードがら客席側に出ると、奥に陣取っている合コンの場所に女は戻っていない。
思わず客席全体を見回す。
いた、いた！
まるでゴキブリのようにコソコソと、壁に身を這わせるように出入り口に向かっていた。
途中一言二言、レジに立つ男に声をかけ、店から出ていこうとしている。
仲間の女達に、挨拶無しで抜けようというのか！？
所詮数合わせの女。
食欲を満たせばこの場に用はないと？
『あんたは数合わせだから、食事をしたら適当に帰っていいからね』と、彼女は言われていたのかもしれない。
俺は慌てて会計を済ませ、再び女を追いかけた。
しかし、なんという奴だ！予想不能な行動ばかりとりやがって！
最後は俺の腕の中で気絶とは♪
人目も憚らず、俺は女のずん胴な身体を抱き上げ、裏通りに駐車させていた車へと向かう。
ありゃっ！？抱き上げたその手の下には……思った以上に凹凸があったりして♪
もしかして、着やせするタイプか？
これは嬉しい誤算。
女を助手席に押し込め、俺は運転席に座る。
俺は助手席側に身体を捻り、女がしっかりと握ったバックを奪い取り……
っ！なんてしっかり握っていやがるんだ！なんと所有欲の強い女！！！
俺は女の指を一本一本はがし、やっとの思いでバックを手にする。
そしてバッグの中をガサガサと、女の名前と住所を確認できるものを探しだす。
そして見つけ出したものは運転免許証。
そこに書かれた女の名前は『＝ラルール』。
……けっこう可愛い名前じゃないか。
後でこの名前を、たっぷりと呼んでやる♪
それとの携帯を取り出し、俺の携帯番号とメアドを打ち込む。
同時にの携帯番号をいただく。
……俺は何を一生懸命やっているんだ。
それに、俺は何に期待をかけている？
確かにこの女に興味を持ったが、それは単なる動物学的見地からであって……
思わず隣に座るの顔をまじまじと見つめた。
気を失いながらも、時たま唇をプルプルと震わせ、やはり小動物系の可愛さだ。
だがそれ以外に惹き付けられるものがあって、俺はこの女の名前を口にしたいという欲望に襲われる。
まずはこの女から警戒心を解くことが先決で、徐々に俺に慣らしてやろう。
が目覚めたら、さんと呼ぶべきか？ それともちゃんと呼ぶべきか？
やはり俺に相応しく、と呼ぶことに。
彼女には最初から、俺をクロロと呼ばせてやろう。
そして紳士的に言ってやる、『俺と付き合え！』と！
取り敢えず敬称略 関連作品取り敢えず敬称略 その後
End
2018/02/23 改稿
2009/05/01 加筆・修正
2008/03/30
Back夢小説のはずが、ほとんど名前変換なし。物語の流れ上、しかたがない。それでも夢扱いにしたかったので。
クロロ、 どこまで行っても俺様ですが、小動物に弱いことが判明。『へい、彼女♪』は、確か『幻影旅団』CDの中でクロロが使ってた台詞。いただきました♪