NOVELの『呟くこと・・・囁くこと・・・』マチ短編を、先に読まれることをお勧めします。
警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
宝石の在りかを、がんとして口にしなかった。
隠し場所を白状させるため、自室のベッドで寝ていた女の腹にまたがり、薄いピンクの夜着をベンズナイフでゆっくりと切り裂いてやる。
絹の裂けていく音に、露わになっていく肌。
普通、異様な形状のベンズナイフを突きつけられただけで、女といわず屈強な男でも命乞いをするもの。
俺はフェイタンとは違い、拷問を趣味や仕事にしているわけではないので、すんなりと吐いて欲しかった。
だが盗賊ごときに屈するものかという強い意志を目に宿し、黒曜石の瞳で睨みつけてくる女が鼻につく。
俺好みの美しい顔には、プライドという気位の高さを最上段から翳していた。
ならばそれがいつまで持つものかと、試してやることにした。
そう考えた瞬間から、俺の獲物はこの女が所有する『血赤石』と呼ばれる赤いダイヤモンドから、この女自身へと変わる。
余興を行うには、この場所はつまらなすぎる。
女にとって使い慣れたベッドの上で屈服させても面白くない。
どうせなら、お高いプライドをずたずたにする場所がよいだろう。
俺は女を手刀で気絶させ、身動き出来ぬように縛り上げ、軽々と担ぎ上げた。
そして、俺によって倒されたボディガードや使用人達の死体を跨ぎながら、女の住む館を後にした。
一日以上をかけ、車でホームにたどり着く。
明かりの消えたホームには、マチの気配だけが薄っすらと感じられる。
一階のサロンから、自室のある二階に向う階段を上って行くと、必死に息を殺し、寝たふりをしているマチが手に取るように分かる。
どんなに寝たふりをしてやり過ごそうとしても、俺がマチを必要としていた。
だから荷物を肩に担いだまま、マチの部屋の前で立ち止まり、ゆっくりと声をかける。
「マチ、起きているんだろ。すぐに俺の部屋へ来てくれ」
返事はなかったが、俺が自室に向って歩き出すと、ベッドから起き上がる気配をはっきりと感じた。
どん詰まりにある自室に入ると、ベッドの上に荷物を静かに下ろす。
自分の身に何が起きているのかも知らず、深く眠り続ける女の様子を窺っていれば、背後にある扉の向こうに呼吸を整え、佇む者がいることに気が付いた。
マチか……
「団長、入るよ」
少し傾いた扉が軋み、ゆっくりと開く。
マチは相変わらず色気のないジャージをパジャマ替わりに着て、俺の薄暗い部屋へと足を踏み入れる。
……案の定、オイルランプで臙脂色に浮き上がる、ベッドの上の美しい獲物に目が釘付けになった。
顔こそ無表情だが、だらりと落ちていた手は拳を握り、小刻みに震える。
蜘蛛の手足として俺の命令で動いている時は、どんな場合でも冷静に対処し、顔色一つ変えずに女子供でも殺す奴が、プライベートになると感情こそ顔に出さないものの、動揺という心の揺れが身体に出てしまう。
だから俺は、時折りマチをからかいたくなってしまうのだ。
マチが扉を開ける瞬間、俺は死角ともいえる扉側のある壁に、身体を張り付けた。
ベッド横のナイトテーブルに置かれたランプが間接照明となり、俺の姿を闇に溶け込ませてくれる。
しかもベッドの上の獲物に目を奪われたマチは隙が生じ、マチの背後を取るのは造作もないことだった。
「マチ、久しぶりだな。元気だったか」
耳元に唇が触れんばかりに、甘く籠もるように囁く。
マチは瞬間ぶるりと肩を震わせ瞬きをしたが、強張っていた全身が弛緩していくのが分かる。
もしもこのまま耳朶を甘噛みしたら、それだけで達してしまいそうな表情。
昔から俺と戯れている時に、よく見せる表情だった。
いつだって強がりを言うくせに、俺が欲しくてしょうがない。注１
最後は俺自身を与えなくても、指と口だけで達してしまう。
拒絶できぬ甘い感覚が蘇り、身体の中を駆け巡っているのだ。
「深夜に悪いな。見てのとおりなんだ。ここに来るまで車を飛ばしてきたんで、何も食べていない。何か食べるものを、簡単でいいから作ってくれないか」
俺は声をいつもの調子に戻し、切実な現状を伝える。
何しろ生きた獲物を抱えているので、ホームに帰ることを一番としてアクセルを踏み続け、飲み物以外口にしていなかった。
女もまた同様。
我に返ったマチは、女を見ながら臆することなく、
「ああ、いいよ。そんなこと簡単だからね。それで食事は、二人分作ればいいんだろ」
「気が利くな、マチ。いつも助かるよ」
平静を装うマチの感情を逆撫でするように、マチの名前を感情こめて口にする。
それでもなおマチは平静を装い、踵を返して廊下へと出て行くが、唯一感情を籠めたかのように、扉が強く音をたてて閉じられる。
一階に向って遠ざかっていく靴音に、笑いを堪えるのに必死だった。
相変わらず負け惜しみの強い奴。
お前もこの女同様、プライドが高すぎるのだ。
だから代償として、いつだって聞きたくもない俺と女の睦みあう声を聞かされるはめになるのだ。
最初はプライドがじゃまをする
だが硬い木ほど折れやすい
緩急を付けて接しているうちに、相手の心に綻びが生じてくる
こうなれば簡単だ
綻んだ糸の先をつまみ上げ、ゆっくりと引張ればいい
後は何もせずとも、糸は解けてしまう
常にゲームの勝者は俺と決まっていた。
だからつまらぬゲームを面白くするために、女をホームに連れてきたのだ。
自分が拉致されたことは分かっていても、どこにいるのかは分からない。
狭く薄暗い部屋は鎧戸がしっかりと閉じられ、外を知ることができない。
部屋には時計もなく、時間の感覚を失ってゆく。
外の世界では生まれた時から何不自由なく育ち、館の中ではかしづかれる生活だったのが、生活の面倒は見てくれるが、何を訊ねても答えてくれない無愛想な女が、必要な時にだけやって来る。
むしろそのことが不安を煽り、時間が経つにつれ、部屋を共にする俺に、縋り付くような目を向け始める。
俺はただ、いつもどおり椅子に腰掛け読書をし、女が話しかけてきても無視をするだけ。
攫われたにもかかわらず、暴力を振るわれない代わりに、相手にされることもない。
何もせず、ただベッドに腰掛け時間を潰さなければいけない空虚さ。
夜になれば不安な顔をする女をベッドに寝かしつけ、俺は狭いカウチに膝を折って横になる。
仄かに灯されていたオイルランプは消され、闇の中で孤独を募らせる。
女は空気のような存在のなさに喪失感を増大させるが、それでもなおプライドが邪魔して、宝石の在りかを口に出来ずにいた。
条件は満たされた。
後はどのタイミングで落とすかだけだった。
三週間目、ついに意地をはっていた女の目が潤み始めた。
喉をひく突かせ、何かを言うとしたのを見計らい、固定金具でしっかりと止められていた鎧戸をゆっくりと開ける。
ベッドに腰掛けていた女が窓に駆け寄り、外の景色を目にするが……
かって見たことのない、空も地も無彩色の世界に立ち尽くす。
荒涼とし、地の果てとも、異世界とも見える光景に愕然とする。
俺達には見慣れた光景だが、初めての人間にはかなりショックだろう。
歴史書にも、旅行ガイドにも、もちろん地図にも載らない空白地帯、世界のゴミ捨て場である流星街を、この女が知る由もない。
ただ自分の今いる場所が、普通ではないことだけは理解出来る。
この瞬間、女のプライドが音をたてて崩れ落ち、自分の力ではどうしようもない者に抗っていたことを知るはめとなる。
敗北を認めた女は従順だった。
俺がなすままに身体を開き、美しい姿態を晒す。
触れられる度に甘い声を漏らし、小さく身体を捩らせる。
そして俺に隷従する証しとしてベッドの上に膝まずかせ、自ら四つん這いになった女を一気に後ろから貫いた。
均整のとれた身体が大きく仰け反り、切なく喘ぐ。
深く浅く、緩急をつけて突きながら、見付けた女の感じやすい部分を擦りあげ、さらに最奥を突いてやる。
この繰り返しに耐え切れず、切なく喘いだ声は一段高い善がり声へと変わる。
たぶん、否……この声なら十分過ぎるほど届いているはず。
聞かせてやるがいい……プライドを捨てきれなかった、もう一人の女に。
注１：『ささやかな抵抗』『ささやかな抵抗 side:クロロ』 マチ短編で地下格納庫参照
囁くこと・・・呟くこと・・・呟くこと・・・囁くこと・・・
End
2018/01/05 改稿
2010/10/12
Backクロロ、鬼畜モード (;^_^A