本来ならもっと明るく言われるべき言葉は、陰にこもり重々しかった。
「シャルが好き」
「……」
声にはしなかったけど、心の中で『へっ！』と、奇妙な声をあげていた。
俺の短い人生の中で、散々聞きなれた言葉ではあったけれど、このシチュエーションで聞くのは不意打ちともいえる。
まるで後頭部をブラックジャックで殴られたような感じ。
おかげで頭の中に、鈍い痛みがジワジワと広がってゆく。
気は引き締めていたけれど、予想だにしない告白を、背後からされたのだからしょうがない。
「……シャルが好き」
もう一度繰り返された言葉は先ほどより更に重さを増し、悲壮感に満ちていた。
聞こえなかったことにしたかったが、あまりにも至近距離。
一方的にこくられたことに返答する筋合いはないが、仕事のリズムを崩されるのは迷惑だ。
なにしろ俺は今、クロロ、フランクリン、フィンクスと、最近団員になったオルガとでお宝を奪うため、マフィアの船上パーティーに、奪った招待状で紛れこんでいるのだから。
穏やかな洋上、満天の星の下、生バンドの奏でる軽快なダンス音楽。
広い甲板の上を着飾った客がステップを踏み、それを取り囲むように幹部連中がグラスを片手に歓談している。
俺とクロロとオルガの出で立ちも、その場に相応しいフォーマルウェアー。
フランクリンとフィンクスは船上で忙しなく働くウェイターに姿を変えている。
ここはマフィアのボス達が一年に一度、貴重な人体コレクションを持ち合って自慢しあう場。
オークションと違い売買はないので、大物が揃っているわりには警備が甘い。
今回クロロが欲したのは、緋の目以上に希少な金銀一対の目。
クルタ族の緋の目と違い特別変異体のため、この世にこれ一つしか存在しない。
比較で言えば、これ以上の美色はないと思われる。
他にも猫足美女のミイラとか、初代ミスター狼男の全身骨格標本など、大物コレクションが一同に介し、こちらとしてはかなり割りの良い仕事。
何しろ船の上なので、お宝を持ってちりじりに逃げられることもなく、少人数で襲える利便性が高い。
クロロの命令どおり、二百人前後居るマフィアの幹部連中と、関係者及び同数いるであろう乗務員を皆殺しするのに、５人で１０分もあれば十分過ぎる。
何しろこの船に銃器を持ち込むのはご法度になっている。
乗り込みに際しては、全ての人間が厳しい持ち込み検査を受ける。
俺のアンテナは持ち込みの検査係りに刺して操作し、そのまま船上に持ち込んだ。
他の四人は物理的な武器を使う連中ではないからフリーパス。
お宝の回収は、オルガの『黒魔女の宅急便』を使えば、どんな大きな物でも一瞬にして目的地に転送することができる。
すでに転送予定地では、マチとパクがスタンバっている。
ここのところ大物狙いの仕事が多かったから、必然的に新入りのオルガと仕事を組むことが多くなっていた。
「シャルが好き」
「……」
さらに深刻で、切迫した声が俺を襲う。
ぞくりとしながらも恐る恐る振り返ると、そこには切羽詰まった顔のオルガがある。
俺はその場の重苦しい雰囲気を和らげるため、軽い調子で言った。
「悪いけど、そういったプライベートな話しは、仕事が終わってからにしてくれるかな」
オルガのしっかりと握り締められた拳が、胸元で小刻みに震える。
「でも仕事が終わったら、シャルはすぐにいなくなってしまうでしょ」
確かにオルガの言うとおりだった。
ここのところ本気で付き合っている娘がいる。
彼女とは半同棲状態だ。
おかげで数日会えないだけで、彼女の笑顔と身体を思い出し、欲求不満でイライラになる始末。
今回だって仕事が終わればとんぼ返りで、彼女の住む街へと急いで戻る。
もしもクロロが仕事の祝勝会をやると言っても、俺は参加せずだ。
それを見越してか、クロロは仕事の後の飲み会に、最近俺を誘うことはなくなっていた。
クロロもここのとこ入れ込んでいる女性がいるから、人のことなど構っている暇はないらしい。
基本、幻影旅団は仕事の時に集まり、仕事が終われば勝手気ままに散って行く。
俺は当惑しながら振り返れば、そこには意を決した表情のオルガがいた。
「何もシャルを困らせようと言うんじゃないの。シャルに恋人がいることくらい知っているは。だからわたしを二番目にして欲しいの。それが無理ならセフレでもいいから」
何を言い出すのかと思えば、予想もしなかった言葉に口をあんぐり開けてしまう。
もしもこれが彼女のいない時だったら大いにウェルカムだ。
二股三股は毎度のこと。
彼女公認の浮気なんて、男として何と美味しいことか。
しかもオルガは平均値を超える可愛らしさ。
入団当初から、秘かにフェイタンとフィンクスが狙っている。
今だって、船上の男達の視線を集めていた。
おかげでデッキの端でひそひそ話しをしていても、けっこう目だっている。
同様に、少し離れたところでは、クロロが数人の女性に囲まれていた。
これから仕事だという時に目立ちたくはないのだが、天性の華やかさが人を惹き付ける。
まっ、いいか……
どうせ一時間後には、この船に俺達以外、生きている人間はいないのだから。
「お願いよ、シャル！」
オルガの懇願する声に我に返る。
大きな目をウルウルさせる顔が、いやでも視界に入ってしまう。
「シャル、無理は言わないは。わたし、あなたをいくらでも待つから。そしてその間、あなたに愛される一番の女になるように自分を磨くから。だから今の彼女と別れたら、わたしと付き合って」
『へぇっ！そっち！？』今度も声にはしなかったけれど、驚きが完全に顔に出てしまう。
二番目三番目の意味は、大勢の中の一人ではなく、次の一番を示すもの。
まるで押し出し方式のところてん。
『わたし、待つから』の裏に隠れた、攻撃的な性格。
虎視眈々と狙うはトップの座。
否、トップという比較の一番ではなく、唯一の一人。
わたしだけを愛してよと、言葉にせず無言の圧力をかけてくる。
ないない、それはない！今の彼女と別れた後、オルガを恋人にするなんて。
確かにオルガには小悪魔的な可愛らしさがあるけれど、基本的なところで俺の好みではない。
それに団員同士の恋愛なんて、一つ間違えば行き場がなくなり、蜘蛛の活動に支障をきたす可能性もある。
フェイタンとフィンクスなら一穴主義だけど、俺の場合は保証の限りじゃないから。
左右に激しく手をふって遠慮する。
不実な俺が言うのもなんだけど、現在俺には真剣に愛する彼女がいて、今のところ二番目も三番目も予定はないのだ。
ましてや次の座など、オルガにはないのだから。
俺の表情を読んだオルガの声は、とても芝居がかっていた。
「……シャル」
大きな目に溜められていた涙が、どっと滝のように溢れ出す。
やめろ！頼むからやめてくれ！！
俺の心の叫びは当然のごとく裏切られ、オルガが声を出して泣き出してしまう。
まるでだだをこねる子供のようだ。
この事態に周りの視線が、俺とオルガに集中する。
女性に囲まれていたクロロも何事かと、こちらをじっと見ているではないか。
俯き両手で顔を覆い、肩を震わせて泣く姿は、まるで俺に非があるかのようだ。
勘弁してくれ！むしろ俺の方が被害者なのに。
まるで恋人同士の痴話喧嘩にも見える状況に、逃げ出したい気分だ。
だがここは陸地から離れた大海原。
『このメス狐め！』と、心の中で舌打ちをしながら、目の前で泣くオルガをそっと抱き寄せる。
彼女が驚き顔を上げる前に、それとも感激してというべきか、手に隠した操作用のアンテナを、オルガの首筋に深々と突き刺した。
こういう時、俺の能力は便利だ。
すぐさま俺はスーツのポケットに手を突っ込み、事態を改善させるべき文字を打ち込んだ。
この一連の早業を見抜いたのはクロロ一人くらいのもの。
クロロはふっと皮肉な笑いを浮かべ、何事もなかったかのように女性達と会話を楽しむ。
他の連中も好奇の視線を残しつつも、歓談を再開させる。
毒気を抜かれしおらしくなったオルガの手を取り、そのままダンスの輪に加わった。
俺達は機械的に輪舞する。
共に作られた笑顔で恋人を装う。
仮初としての一番に満足したならば、次へのステップを踏もう。
これから始まる惨劇という名のステップに。
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語らずは、かく語りき おまけEnd
2017/06/01 改稿
2012/08/08
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