俺は腹黒爽やか青年と呼ばれているのに、旅団内のカードゲームとなるとポーカーフェイスが出来ない。
否、ポーカーフェイスをしているつもりだけど、どこか態度や顔に出てしまうらしい。
連中とは子供のころからの付き合いで、しかも一番年下だった俺の反応なんて簡単に見抜いてしまう。
元々が微細な変化を鋭敏に感じ取る連中の集まりだから、ゲームとなれば俺の分はかなり悪い。
たまに流星街に戻れば、直ぐに挨拶代わりのダウトが始まる。
カードゲームとしては単純だが腹芸を必要とするせいか、子供の頃からこのゲームが一番仲間内では盛り上がる。
俺とフィンクスはどちらが不名誉な最下位にならずに済むか、面子をかけて勝負をしていた。
裏にして捨てられたカードの山に、俺は手札の数字を言いながら捨てる。
「５」
「ダウト！！」
フィンクスが満面の笑みを浮かべ、勝利を確定したかのように言った。
「いいの？このカードは本当に５だけど」
俺は裏返しに捨てられたカードの背に指をあてながら訊いた。
「ああ、構わねえよ。カードを捲ってみな」
「……」
万事休す……俺は観念し、渋い表情でカードを捲る。
現れた５とは違う数字の上に、フィンクスがわざと数字の書かれた表を出し、最後の手札を捨てる。
「６ 。。。上がりだ♪」
フィンクスは得意気に言うと、空になった手でガッツポーズを決めた。
周りから複数の溜息が聞こえたのは、俺への憐愍か……
部屋の隅に置かれたソファーや、壁に凭れて勝負の行方を見守っていた連中が、勝敗のついたゲームテーブルへと集まって来る。
「お前、本当に弱いな。万年最下位じゃないか」
一番に手札を捨てきり、勝負から抜け出たクロロは完全に呆れていた。
「いつもじゃないよ。たまには勝つことだってあるさ」
「それって何時の話し？もう、何年も前の話しじゃないの」
二番目に勝ち抜けしたパクも、クロロ同様に呆れ気味。
「負けを覚悟で勝負するなんざ、下手の横好きとしか言いようがないぜ」
三番目に抜けたノブナガの声には哀れみが込められていた。
以下同文と言いたげに、フィンクス・フェイタン・フランクリン・マチが、憐情の視線を向けて来る。
俺だって言われなくても、勝負ごとが弱いことは自覚しているさ。
だけど弱いなりに勝つ時も稀にある。
その時の喜びの大きさが忘れられず、性懲りも無く勝負に手を出してしまう。
俺はがっくりと肩を落としゲームテーブルから立ち上がろうとすると、それを阻止するかのようにクロロが肩に手を掛けて押し戻す。
「それで今回のバツケームだが……」
勝者であるクロロがにやにやしながら言った。
……嫌な予感。
俺達のダウトには一抜けした勝者が、最下位の者にバツである命令が出来ると言うルールがある
過去の例から言えば下着を穿かずに女装して、男子大学生を五人誘惑して来いとか、発展場に行って攻め役のホモ逹を作り、ホテルに連れ込めとか、悪ふざけの域を超えたバツゲーム。
おかげで俺の貞操が何度も危機にさらされた。
操作系である俺のアイテム、携帯とアンテナを取り上げた上でのバツゲームで、念能力を使ってズルをさせまいという念の入れよう。
まったくもってクロロのバツゲームの内容は、俺を見事なまでに狙い撃ちにしている。
ウボォーやノブナガのバツゲームである、一ヶ月間パシリをさせられる方が精神的には楽だ。
それで今回は何を俺にやらせようと言うんだ……
俺が戦々恐々としているのに対し、他の連中は期待を込めた目でクロロを見ている。
するとクロロは、
「シャル、そんな不安そうな顔をするなよ。今回のバツゲームは簡単なものさ。何しろ買い物をしてくるだけの、子供でも出来ることだからな」
子供でも？だから危険なんじゃないか！
そんな裏の無い話しなどあるわけが無い！
俺のクロロセンサーが警告音を鳴らす。
「それでシャル君に今回買ってきて貰う品だが……」
クロロがにやりと笑い、もったいぶった言い方をする。
その場に居た俺以外の奴らが次の言葉に期待を籠めて身を乗り出して来る。
しかも表情は実に楽しそうだ。
「え～～～、シャル君に買ってきて貰うのはコンドーム」
「へっ！！！」
思わず口を衝いて出たのは感嘆符付きの間抜けな声。
ここまで皆の声が揃うのも珍しい。
まったく予期せぬ『コンドーム』に聞き間違いかと、俺達は互いに顔を見合わすはめに。
「何を驚いているんだ。コンドーム、必要だろ？セーフセックスの為にも絶対不可欠だ。自由奔放な若いシャル君には、安全なセックスを心がけて欲しいと思う俺の親心」
平然と言うクロロに俺が唖然としていると、他の連中は爆笑だ。
ウボォーとノブナガは目に涙を浮かべて笑い、フェイタンは笑いながら床を転げまわる。
マチとパクノダも両手を腹に当てて大笑い。
そんな中、フィンクスが余計な質問をしてくれる。
「でもコンドームを買いに行くだけじゃバツゲームにならないだろ？」
クロロの口角が嬉しそうに上がる。
「もちろんだ。シャルにはSサイズのコンドームを買って来て貰う。しかも店中のだ」
俺は開いた口が塞がらなかった。
クロロの悪意は、俺にSサイズのコンドームを買わせること。
冗談じゃない！俺はいたくプライドを傷付けられた。
肩に置かれていた手を跳ね除け、勢いよく椅子から立ち上がる。
「何だよ！そのSサイズって！！失礼にもほどがある！俺のは立派な極太Lサイズだから！」
いきり立つ俺の言葉にパクとマチが顔を赤くし、男共は大爆笑。
「何がおかしいんだ！俺のは女の子が随喜の涙を流す代物なんだ！」
拳を作り力説する俺に、クロロが涙目になりながら、
「わかったよ、シャル。ナンパ上手のお前のイチモツは、さぞかし立派な品だと思う。だけどLサイズを買いに行ったら、単なる日用品の買い出しだろ。だからSサイズなんじゃないか」
周りの連中がそうだそうだとにやにやしながら頷く。
結局悪意のバツゲームを俺が拒否する権利は無く、隣地区にある一番近い薬局へと買い物に行く事が勝者命令として決定される。
こうして持ち時間２時間のバツゲームは始まった。
そしてホームでは……
「隣地区の薬局と言えば、爺さんが店番している店だろ？たまに愛想のない中年女がバイトしている店」
「あの爺さんなら３ヶ月前に脳卒中で倒れ、孫娘が店を任されているよ。だから最近は彼女が店番しているけどね」
ホームをベースにしているフランクリンとマチが、ローカルな話しをする。
するとフェイタンが、
「そうあるね。先月ホームに帰って来た時、その店に買い物に行ったあるよ。その娘、ヨルビアン系の美人で、しっかりして気立ても良いね」
「もしかして団長、その事を知っていたわけ？」
眉根を寄せたパクノダがクロロに質問をした。
「あぁ。噂だけだがな」
『なんてかわいそうなシャルナーク……』と、そこに居たクロロ以外の全員がシャルナークに同情をしたが……顔は嬉しそう。
制限時間は往復で２時間。
よほどのアクシデントがない限り余裕で帰れる。
俺はホームから１２キロ程離れた隣地区の町へデイバッグを背負い、 疾風のごとく走った。
途中何事もなく順調に町へと着く。
５年ぶりに訪れた隣町は以前より栄え、大通りを境に結構な歓楽街になっている。
そして記憶を頼りに、裏通りにある目的の薬局を見付けた。
さほど大きな店ではないが、品数の多さは昔から有名だ。
天井まである商品棚には零れ落ちんばかりの薬類。
俺はその中で、コンドームが壁のように置かれた棚を見付けた。
ここまでの品数と量は、流星街の外でも見たことが無い。
まるでコンドームの見本市。
俺は興味津々で棚を食い入るように眺めた。
えっ！『薄さ０．０１３mm！！』って！？
いつこんな超超極薄が発売されたんだよ！？是非、試してみたい♪
『新製品！彼女が癖になる、つぶつぶ刺激?』
これって俺も時々使うけど、新しいタイプが発売されていたんだ。
へぇー、つぶつぶの突起形状が変わったわけね♪
俺はニヤつきながら手に取ったパッケージの謳い文句を、声にせず読んでいた。
さすが娼街だけあって、コンドームのラインナップが充実している。
俺はざっとコンドームの銘柄に目を通すと、片っ端からSサイズを買い物カゴへと放り込む。
カゴは一つでは入りきらず、二つ三つと山になる。
それを手にし、棚の谷間となった狭い通路をカニ歩きでレジへと向かう。
『ウッ！』と、俺は声を詰まらせた。
レジカウンターは商品棚の陰に有り、そこに居る人物に目を奪われた。
ジーンズに飾り気のないラグランTシャツを着た若い女。
大きな目は抜けるようなスカイブルーで、縁取る睫毛は信じられない程長い。
鼻筋も綺麗にとおり、唇は少しぽってりとして吸い付きたくなるほど魅力的。
肌は白いが健康的な輝きを放っている。
毛先がカールした長い金色の髪が、魅惑的な顔に映える。
美人だが可愛いらしさも兼ね備え、文句の付けようがない。
ヨルビアン系の、もろ俺のツボに嵌ると言うか、ツボに速攻で填めてみたいタイプ。
以前薬剤師の爺さんが座っていた古い木製の椅子に、長い足をさり気なく組み、何やら雑誌を読んでいる。
仕種が何気ないが、ムラッとくるポーズに下半身が連動しそうになった。
俺は両手に持っている物を考えると、頭の中が白くなりそうだった。
今になってクロロが出発する直前に言った、言葉の意味を理解した。
バツゲームであることを店の人間に悟られぬよう、不審な言動と行動はするなと言ったこと。
どうせ爺さんが店番をしているのだからと、軽く聞き流していた。
これではバツゲームでSサイズのコンドームを買いに来たのだと、彼女に大量に買う言い訳が出来ない。
たとえ言い訳をした所でホームに戻れば、ポーカーフェイスの下手な俺は、パクの能力を使うまでもなく看破されてしまう。
畜生、やたら腹が立つ。
どこまで俺を追い込めば気が済むんだ。
俺はこの意地の悪いバツゲームを何とか逆手に取っ手やると決意した。
「すいません。これ、お願いします」
そう言いながら、俺はレジカウンターに買い物カゴを次々と置く。
彼女は読んでいた雑誌を慌てて閉じ、『いらっしゃいませ』と言いながら椅子から立ち上がった。
カウンターいっぱいに置かれたカゴの中身に視線を走らせた彼女は驚きを隠せない。
「……こ、これ、全部ですか？」
本来なら柔かい声なのだろうが、完全に声がひっくり返っている。
俺は満面の笑みを浮かべ、
「俺って回復力が抜群だから、たくさん欲しいわけ。それに色々と使って、どれが感触がいいか試してみたいんだ。もしサイズの在庫があれば、それも貰って行くから。出来ればお勧めの商品があれば是非教えてくれるかな」
買い物カゴの中身の多さに彼女はたじろいていたが、必死に平静さを保ちながらアドバイスを始める。
「……コ、コンドームを選ぶのに大切なことは、いかにジャストフィットするサイズを選ぶかです。一番危険なことは行為中の脱落ですから……」
彼女の視線がコンドームの入った箱に釘付けになっていた。
青い瞳が左右に細く揺れ、大量にある箱の特定の文字を連続で確認しているのがよく分かる。
訊くまでもなく彼女の脳には、Sサイズの文字が大きく深く刻まれたことだろう。
そして俺の背丈と体格をちらちらと見て、困惑しているのがよく分かる。
それでも何とかプロ根性を発揮し、手短にアドバイスを終えると、彼女は急いで店の奥にある倉庫へと在庫を探しに行く。
しばらくして戻って来た彼女の腕には、１カートンの箱が二つが抱えられていた。
「……ごめんなさい。Sサイズはあまり売れないので、在庫がほとんどないんです。あっ……ごめんなさい。あなたを傷付けるつもりじゃ……」
要らぬ説明で俺を傷付けたと思った彼女は、泣きそうな顔で謝ってくる。
申し訳ないのはこちらだ。
『違うんだ！』と叫び、俺はLサイズであり、性能はスーパスペシャル級である事を、この場で身をもって彼女に証明し、彼女の優しさに報いたかった。
だがそんな俺の気持ちを彼女が知る由もなく、俺は『気にしなくていいから』と言うのが精一杯。
彼女はお詫びと在庫不足分を補うため、サンプルのコンドームまで提供してくれた。
説明ではこの秋に発売される先行モデルだそうだ。
蛍光カラーの奇抜なモノに、女の子受けする香りの着いたシリーズモノ。
一回り大きく見せながらもナマ感触を失わぬ、特殊ラバーで作られた絶品モノまで、お楽しみを無限に広げてくれる。
そのうえ特殊プレイに使用するフィンドムまで、探究心を煽るサンプルの数々。
彼女は手際よくレジを打って行く。
そして大量のコンドームを大きなビニール袋に隙間なく詰め、用意してきたデイバッグにもぎゅうぎゅうに詰め込んでくれる。
そしてついに支払いの段になった時、俺は金を出しながら言った。
「悪いけど、領収書を俺の名前で作ってくれる。内訳はお品代でいいから」
「もっ、もちろんです。お客様」
彼女は大きな目をパチクリとさせながら言った。
当たり前だ……どこの世界に業務用ではなく、自分で使うコンドームをこんなにまとめ買いし、領収書を書かせる客など居るものか。
こんな恥ずかしいこと、反旗をひるがえす覚悟でなければ出来やしない。
俺は最高の笑みを浮かべ、わざと名前をゆっくりと言った。
「名前はクロロ＝ルシルフルで」
皆が今や遅しと、俺の帰りを待っていた。
彼女とのやり取りに思わぬ時間を費やし、息を切らせて時間ギリギリにホームのロビーに飛び込んだ。
「はい、クロロ。バツゲームの品だよ。命令どおり店にある全てのSサイズを買い占めて来たからさ。倉庫の在庫も空にしたし、サンプルもいただいて来た。」
俺はコンドームが目一杯詰められたビニール袋を両手にぶら下げたまま、その腕をクロロにぐっと突き出した。
ソファーに腰掛けていたクロロは立ち上がり、
「これでミッション完了だな。俺にそのサイズ必要ないから、コンドームは好きにしていいぞ」
袋の中身を確認することなく、クロロはすたすたと二階にある自室へと消えて行く。
残された俺達は拍子抜け。
目的が完了してしまえば、クロロが興味を失ってしまうのはいつものこと。
俺は両手に持ったビニール袋をだらりと下げ、横に立っていたフェイタンに言った。
「はい。これ全部、フェイタンにプレゼントするからさ。サイズに問題はないだろ」
「……！！！」
親切心で言った俺にフェイタンは激怒し、もう少しで『許されざる者』が発動されるところだったが、狭いホームの中という事もあり、他の連中が命懸けでフェイタンを思い止まらせてくれた。
その日の夕食、バツゲームの話題を肴に、俺達は最高に盛り上がる。
いつしか時が経つのも忘れ、コンドーム談義に花が咲く♪
もちろんクロロには、クロロの名前で領収書を書いて貰ったことは秘密だ。
これが俺のクロロに対するささやかな抵抗で、俺の小さな復讐♪
ささやかなレジスタンス 関連作品
ささやかなレジスタンス 後日談ささやかなレジスタンス 後日談の後日談 地下格納庫（地下格納庫へは、ここからではリンクいたしません）
End
2017/01/18 改稿
2013/07/25
Back物語の中で、何度コンドームと書かれたでしょう？人生最多のコンドーム書き。元ネタは、実際に身近であった話しから♪