眠くてしょうがない。
ここのところ女の子を狩るのに忙しかった誰かさんが、仕事にやる気を出してきてのだ。
おかげで調べ物が多く、眠る時間が否応なく削られる。
時間に構うことなくかかってくる携帯電話。
互いの居場所に時差が半日あろうと、自分優先で物事は進められる。
俺が寝ていようと彼女と楽しんでいようと、遠慮というものがない。
マナーモードを使い一時的に無視しようものなら、後の祟りが怖い。
留守録には仕事の話しより、何故携帯にでないのかと、録音時間いっぱいの文句が録音されている。
無粋としかいいようがない。
電話に出たくないこちら側の事情というものも察して欲しい。
緊急性のない場合はメールにしてくれと言いたかった。
もっとも誰かさんにとって、全てが緊急性のあることなのだろうけれど。
今だって与えられた難題と戦っていた。
既に三日間も寝ず、デスクの上にノート型パソコンを数台並べて格闘している。
マフィアン・コミュニティーの十老頭が共同で所有する、世界最大のダイヤモンドの所在を求め、コミュニティーのマザーコンピューターに侵入し、幾重にも張り巡らせたファイアーウォールをかい潜っている最中だった。
無情にも、パソコンの横に置いてあった携帯電話の呼び出し音がなり響く。
電源を切っておけばよかった……
今更言ってもしょうがないことに溜息を吐くしかない。
携帯のディスプレイにはクロロの名前。
どうしても手が離せないため無視を決め込んだが、しつこく何度もかかってくる。
耳障りな呼び出し音に集中力が途切れる。
ついにこちらも根負けし、携帯を手にしてしまう。
「何やってだ、シャル！すぐにでろよ！仕事は捗っているのか！？まさか女の所なんかにしけこんでいるんじゃないだろうな！」
ぶちきれたクロロの声にパソコンのディスプレイから気を逸らした瞬間、ファイアーウォールの自動修復が始ってしまう。
三日間をかけ、欲しい情報のために後少しでマザーコンピューターの最深部に侵入出来るというところだったのに。
目の前のディスプレイには、俺が切り開いてきた侵入経路が数字になって埋め尽くされてゆく。
一度補修されてしまえば、ニ度と同じ侵入経路は使えない。
しかも侵入に気が付いた人工知能が、よりガードを強くする。
おかげで俺の三日間の寝ずの努力が泡となって消えてゆく……
「おい、どうした！返事をしろよ！」
声を失い、自動修復をしていく画面を呆然と見つめるしかなかった。
クロロの声が不整な雑音にしか聞こえない。
それでも事務的に答えていた。
「仕事はきちんと隠れ家でやっているから安心してよ。でもとてもハッキングするのが難しい仕事でさ、とても手こずっているんだ」
「シャル、お前だけが頼みの綱だ//////////」
クロロの声がはるか彼方に頭の中で聞こえていたが、何を話していたのか憶えていない。
白くなった頭で、『あ～』とか『そ～とか』生返事で答えていた。
おかげで話しがいつ終わったのかも気が付かなかった。
どっと出た疲れのために、背筋を伸ばして腰掛けていた椅子から、空気が抜けて行くかのようにヘナヘナと姿勢が崩れてゆく。
力なく見つめていたパソコンが、待機モードに切り替わっているのに気が付き我に返るが、仕事の続きをする気にもなれず、そのまま椅子から立ち上がれば腹の虫が騒ぎ出す。
考えてみれば作業に集中するあまり、丸一日以上食事らしい食事をしていない。
冷凍庫の中にいつ放り込んだか分からないピザを電子レンジで暖める。
ピザが出来上がる間、キンキンに冷えた缶ビールのプルトップを勢いよく開け、噴き出した泡を零さぬように喉へと流し込む。
空き過ぎた胃に流し込まれたビールがちくりと刺激をしたが、今はともかく腹に食べ物を詰め込みたかった。
皿にのったピザを切り分けることなく、溶けたチーズが零れぬように二つ折りにしてがつがつと頬張る。
焦るあまり口の端から溶けたチーズが糸を引き、だらしなく床に垂れてしまうが、そんなことは構っていられない。
ともかくピザとビールを交互に流し込むの繰り返し。
そしてやっとのことで腹は満たされた。
テーブルの上には食べ終わった皿と、飲み終えた缶ビールが放置されていた。
こんなもの、後で片付ければいい……
腹が満たされれば次ぎにくるのは眠気で、それも恐ろしいほどの眠気だった。
たとえ俺好みの可愛い女の子が裸で誘ってくれたとしても、俺のモノが勃つことはない。
何しろ六十時間近く起きていたことに、作業が上手くいかないことが重なり、張り詰めていた緊張の糸が完全に切れていた。
疲労困憊の身体を引きずり、何とか部屋の片隅にあるベッドへと倒れこむ。
軟らかな羽根枕に顔を埋め……涙が溢れだしていた。
「……クロロのバカ野郎！」
もう一度……同じ言葉を口しようとすれば、睡魔という眠りに一瞬で引きずり込まれてしまう。
枕元にある置時計をうつらうつらと見ていた。
体内時計では小一時間寝たつもりだったが、時計の日付は翌日になっている。
昨日寝たのと変わらぬ外の明るさ。
もう一度時計の日付けを確認すれば、丸一日寝ていたのだと気が付かされる。
慌てて飛び起きようとするが、身体から疲れが抜けきっていないのか、それとも寝すぎたのか、やけに動きが悪い。
それでも身体に鞭を打ち、喉を潤そうとキッチンへ向かおうとすれば、部屋に違和感を感じた。
居間と寝室を兼ねた部屋を用心深く見回せば、食べ散らかしたテーブルの上が綺麗に片付けられている。
床に垂らしたピザのチーズも拭き取られていた。
誰が……悪意はなさそうだけど。
この部屋に女の子を連れ込んだことはあるが、合鍵を渡した奴はいない。
俺以外の人間がいないことを確認し、取り合えずキッチンに向った。
そして冷蔵庫を開けるとそこには見知らぬ品が。
一つは滋養強壮・肉体疲労時の栄養補給剤が箱で数ケース入っている。
そしてもう一つは最近近所に出来た、ネットで美味しいと評判のプリン専門店の可愛らしいピンクの箱。
恐る恐る箱を取り出し中身を確認すれば、中には一日５０個しか作られない、『限定！春のときめきプリン』が入っているではないか。
しかも４個もだ。
これを求めて大勢の客が店の前に行列を作る。
これで誰が俺の爆睡中にやって来たのかが分かった。
すっきりとした甘さの中に、タマゴ本来の美味しさを味わいながら、ベッドに腰掛け携帯電話に送信されていたメールを確認してゆく。
この数日の間に、付き合っている女の子達からどっさりとメールが届いていた。
その中にクロロからのメールが埋没するように、一通だけ届いているではないか。
珍しいことがあるものだと開けば、『しっかり体を休ませろ。仕事は回復してからでいい』とある。
食べ終わったプリンの入れ物を床に置くと、そのまま羽根枕に顔を押し付けた。
「クロロのバカ。嬉しすぎるじゃないか」
今度は別の意味で涙が溢れ出していた。
だから好きなんだ、クロロが。
涙が止まらず、何度も同じ言葉を口にする。
好きだ！すきだ！クロロが大好きだと、しまいには大声で俺は叫んでいた。
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だから好きなんだ side：クロロEnd
2018/11/15 改稿
2010/03/17
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