Syarnorke 48
警告：一部性的表現が有ります。苦手もしくは不快を感じられる方はお避け下さい。
注意：『鴉の骸』 に登場する、エッティとシャルナークの出会いの物語です。物語の関係上、先に 『鴉の骸』 を読まれることをお勧めいたします。
黒髪だけど、けっこう俺好み……
……こちらを窺う目付きは俺と同種のもの。
だから彼女も俺と大して変わりのない人生を、歩んでいるのだと一目で分かった。
だって、俺も仕事の時は同じ目付きをすることがよくあるから。
なんだってこんな時にって、思ったけれど……
よりによって俺が一番ダサイ時に、彼女と出会ってしまったんだろう。
これが普通に街中で出会っていたならば……
壁に凭れ腹を押さえながら、まだそんなことを考える余裕のあることが可笑しかった。
でも笑うと腹に響くだろうし、集中していた精神の糸が切れてしまっては困るので、必死に笑いを堪えていた。
何しろ腹にはけっこう大きな穴が開いていて、取りあえず『纏』を使って塞いでいるからいいようなものの、本当なら既に出血多量で死んでいても文句のいえない状態だった。
だから素直に言ってみた。
「……無理は承知で頼むけど、俺を助けてくれないかな」
助けてって、随分と簡単に初対面の人間言える言葉だと、男の図々しさに関心してしまう。
たぶん同業者であろうと思われる男は、よほど今まで世渡りを上手くやってきたに違いない。
でもその一言に動かされてしまった自分のアホさ加減にも笑える。
助ける理由は無かったが、これまた見捨てる理由も無かった。
だから取りあえず助けてみることにしただけのこと。
１８０センチ以上ある男に肩を貸し、闇に紛れるように私の家へと連れて行く。
男と出会った裏通りから、歩いて１０分ほどの距離。
途中、男は何度も意識を失いそうになったが、その度に腹の傷口をひっぱたいてやった。
今ここで気を失ったら、『纏』で塞いでいた傷口が一気に開いてしまう。
そんなことになったらショック症状を起こし、あっと言う間にあの世行き。
途中、空いた手で携帯を操作し、知り合いの医者に連絡を入れた。
１０分後に私の家に来て欲しいと頼み込む。
本来なら病院に担ぎこんだ方が良いのだろうが、男の腹に穴を開けた連中が待ち伏している可能性がある。
だからこの男は近くの病院に駆け込まず、誰とも分からぬ私に助けを求めたのだ。
それにこの男、悪運が強いようだ。
一番は私に出会ったこと。
だいたい深夜の裏通りで、人と出会う確率を考えたら……
どんな理由で怪我を負わされたのかは知らないが、傷口から察するに、鋭利な刃物で刺されたことだけはよく分かる。
しかも『纏』で傷口を塞いでいるのだから、この男も私同様に念能力者なのだ。
これだけの傷口をオーラーで覆うには、かなりの腕を必要とする。
たまたま眠ることが出来ずにいた私は散歩に出たのだが、新月の下、興味ある拾い物をしてしまったようだ。
一つ子一人すれ違う人間がいないと言うのに、何やら街全体がざわつき不穏な感じ。
私が眠れなかったのは、この男のせいか……いったい、何をやらかした。
はてさて、こいつが私にとって吉と出るか凶と出るか。
家に着けば、既に玄関先で医者が往診鞄を提げて待っていた。
医者と二人で男を家の中に担ぎ込み、私のベッドに横たえる。
医者はモグリだが、腕は飛びっきり良い。
彼も念能力者で外科を中心とする治療を行う。
本来なら高度な医療器具や機械を使うところ、オーラに包まれた手を使い、素早く正確に治療する。
いつ見ても見事な腕前だと感心するも、後の請求はゼロが一つか二つは多く付く。
それとこの医者の良いところは、闇社会に顧客を持つだけあって口が堅いこと。
客同士も暗黙の了解があり、この医者だけには余計なまねをしない。
医者のご機嫌を損なえば、いざ自分が治療して貰いたい時に助けて貰えない可能性があるから。
医者は手当を完璧に済ませると、『後は本人の生きる力のみ』と言って、我家を去って行った。
生命力の強い奴とは、やはり図々しい奴のことを言うらしい。
既に怪我は危機を脱し回復期に入っていたが、面皮にも人の家を根城にしてくれる。
しかも羞恥というものを持ち合わせていないのか、勝手にシャワーを浴びた後は腰にタオルを巻いただけの姿で家の中を闊歩してくれる。
それを許す私も考え物だが、そのおかげで腹の傷の治り具合が良く分かる。
同時に背中のナンバー入りの蜘蛛の刺青が、語らずとも男の素性を教えてくれた。
いやはやなんとも派手な名紙だろうか。
今朝も大分良くなった傷口を晒しながら、ゴソゴソ冷蔵庫を漁っているが、無駄のない筋肉とバランスの取れた美しい身体に、私は思わず見入ってしまう。
すると私の視線を感じたのかいきなり振り返り、『俺の身体、気に入ってくれた？』と、
ぬけぬけと言う。
だから私も『えェ、とっても』と、図々しく答えた。
実際のところ身体だけではなく、容姿そのものが気に入っていた。
嬉しそうに、屈託なく笑う男。
二週間も生活を共にすれば、相手の人となりは凡そ分かる。
私同様に二面性を持っているはずなのに、私の前では心のブレーキを解除しているように見えた。
いつしか私は彼をシャルと呼び、彼は私を愛称のエッティーで呼んでいた。
シャルナークには私の名前、エリオットが言い辛いらしい。
シャルナークとの日常。
シャルナークはけっこうおしゃべり好きだ。
「ほんと、間抜けな話しだよね。情報源に使っていた女の子が、あの夜は操作されていたなんて」
シャルナークの話しを要約すれば、仕事のために誑し込んで懇ろになった女が、逆に敵の操作系に操作され、女に会いに行ったところ、隠し持っていたナイフで腹を刺されたということらしい。
本来なら心臓を突かれるところ、間一髪でかわしたものの、腹に大穴を開けてしまう。
私なら確実に心臓を一突きだったのに。
そんなわけでシャルナークに追手がかかっていたのかと納得をした。
既に連中によって張られていた包囲網は解かれ、街の空気はいつも通り。
シャルナークが包囲網を搔い潜り、すでに街の外に逃げたと諦めたのだろう。
だがシャルナークという男、実に用心深い。
裏の裏を読み、怪我は治ったと言うのに、しばらく我家に居候を決めこんだ。
安全のため家から一歩も出ないくせに、仲間からの指示でスマホを操作し、次の仕事の情報収集だけはしっかりやっている。
こんな狡猾な男なのに、なぜ操作された女に騙されたのかと笑ってしまう。
今日のために今日を生きるシャル
明日のために今日を生きる私
大して変わることのない二人
二人に見えていないのは未来
愛してるよエッティー……
愛しているはシャル……
シャルナークの傷口に肉が盛り上がったころ、ソファーで寝ていた私は、やっと自分のベッドで横になれるようになった。
朝目覚めれば隣には、シャルナークがまるでベッドの主であるかのように寝ている。
……つまり、私達はそういう関係になってしまったと言うことだ。
もっとも傷口が癒えぬころから、我慢できぬ彼に負担をかけぬようにと、欲望を口で満たしてあげていた。
だから傷口が癒えた時には、お礼だと言わんばかりに攻めまくられた。
心地よい互いの重み……心地よい体温……
私の生活の真ん中に、シャルナークが居座り始める。
今まで刹那的に付き合った男はいたが、心を許した男は初めてだった。
しばらくして、シャルナークは大手を振って外を歩けるようになる。
彼の仲間が腹に穴を開けた連中を一掃したからだ。
これでエッティーと外でデート出来ると、シャルナークは大喜びをした。
自分に似ている相手は心が休まる。
世間では似た者夫婦などと言う言葉があるが、概ね人間は自分に近い環境で育った者や、考えが近い人間と引き合う傾向にあるそうだ。
だからシャルナークが仕事を再開した時、血の臭いをさせて帰ってくることに安堵すら感じた。
血に汚れてしまった手は、私だけではないのだ。
目の前で屈託なく笑う男も血の臭いをさせている。
逆に私が血の臭いをさせて帰ってくれば、仕事を労うかのように優しく抱いてくれる。
唯一シャルナークだけが私の存在を肯定してくれる。
偶然にも二人で血の臭いをさせていた時は、互いを癒すように激しく求め合う。
私にとってシャルナークの存在は身体の一部になりつつあった。
いやよ、私より先に死んだら！
もしも死が、二人を分かち合うことがあったとしても
絶対に、私より一秒でも多く生きて！
蜘蛛になった時から刹那的に生きていた
だからエッティーと出会うことが出来た
だから……エッティーを失った
俺はエッティーの骸を前に泣く事しか出来ない
それが運命だったとでも、エッティーは言いたいのか……
残される俺の気持ちを考えてくれたことはあるのか……
それでも俺は今日のためにしか生きられない
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鴉の骸 別視点
END
2017/10/25 改稿
2009/03/19
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『エッティー』は、『鴉の骸』の補足作品ですが、改稿時さらに補足すること２０％増量の難産で、まだ書き足したい部分が。これ以上付け加えると、煩いか……